11月1日所感(つれづれ)
道草次郎

休日の早朝、2色パン(チョコ&クリーム)一袋とブラックコーヒーの缶を二本買った。午前六時十分。二十四時間営業のドラッグストアで朝飯を調達したのだ。店員、客ともに少なく気分がだいぶ落ち着く。これから敢行しなければならぬ片道三時間を要する運転行もちっとも苦には感じられない。こういう瞬間は月に一度巡ってくるか来ないかの貴重な時間である。十二分にその状態に身も心も委ねたいという誘惑に負け、車に引き返すと、しばらくのあいだ運転席をリクライニングにして寝転がる。

自分が今まで生きてきた中で感じた幾つかの事を思い出すまたとないチャンスだから。

ぼくはここ数ヶ月の間に別れた人に何度も死ねと言われた。随分昔からぼくは自分がこの生に相応しい存在ではないと思えることがよくあったものの、実際に死すべきものであると言われたことは無かった。しかし、そう言われてしまうと、「そんな事はない」と反発する気持ちも湧かなかったし、ひどくショックを受けて落ち込むということも無かった。ただ卑屈な微笑を顔に湛える事しかできない自分がそこにはいた。その時、ああ自分というものの本性はこの微笑なんだなと思うと同時に、この微笑を宗教的な何らかの意識と結び付けることは精神の怠惰である気がしてならなかった。色々あったものの、とりあえず今ぼくは生きている。そしてこれからも生きていくと思う。そして、マゾヒズムでなくして自分を罵った人を愛する事だろう。復讐からでも仏心からでもなく、ただ愛する事だろう。それしかしようがないと太陽は教えているとか何とか、その都度言い訳がましく言いながら。死ぬとか生きるとか、もう観念の中で考えることは止めにする筈だ。目の前に愛することが据えられいる。それに従うまでなのだ。ぼくは自然の属性だ。自然はぼくの属性ではない。ぼくは愛する事だろう。それだけが自然への反逆である。

どうも近頃、何かを書く時、自分の心の中の話だけに終始していることが多くて非常にバランスを欠く気がする。けれども友人も少ないし、ここ暫くはこれといった交流も皆無で、また、面白い出来事も起こらないので自然と話が自分自身の事になってしまうのだ。

尤も徒然なるままに書いてもバチは当たらない筈で、それはただ看過されるのみの運命なので、ここは一つ自由かつ放逸にやってみようと思う。

メカニズムというものに対して、これは昔からなのだが、どこか怯えのような感情を持ってしまう。これは可笑しな話ではあるが、時計一つ取ってもその精巧な歯車の仕組みや使用されている金属と非金属の微妙な形状に対して非常な劣等感を持つというか。それらが製造工程を経て出来上がるまでの事を思うと胸が苦しくなるのだ。そこに絡んでくるあらゆる人間的な感情や運命がその製品に憑依しているようで恐ろしく感じられる。言うまでもなくこういう思考じたい考え過ぎの産物なのだろうが、それは反面では、人工物に対するぼくの態度がおそらく普通の人はより厭世に偏っている事を物語っているのだ。

ところでぼくは仏教に帰依はしていないが、仏陀や禅の考えには共感するところがかなり多い。だから、平気で何時間も仏壇の前で南無阿弥陀仏と唱えるし、勝手にどこかの寺で座禅をした事もある。でも、それがぼくにとってなんなのかは定かではない。尤も南無阿弥陀仏というものが自分にとって何なのかを諒解してそれを唱えるのは、念仏の本然に背くように思われるが。不勉強で親鸞の著作は殆ど読んでいないのだが、『歎異抄』が読めれば自分などは十分なような気がする。親鸞に関しては、「地獄は一定すみかぞかし」という言葉を考えられずにはいられない。この言葉を知った時は、はじめは正直よく分からなかった。今でも分かったかと言われれば勿論それまでに達してはおらず、その言葉の周りをぐるぐると鳶のように飛んでいるばかりだ。しかし、「自分は地獄にいくヤツだ」と本気で言い切った人間が、八百年以上前のこの日本に居たという歴史的事実に心を揺さぶられない者がいない方がおかしな気もする。

しばしば、寝転がって書いた秀逸な詩と脂汗かいて立ったまましたためた平凡な詩、そのどちらが一体本物の詩だろうかと思う時がある。こういう問いは普通、問われる前に排除されてしまうけれど、何度考えてもまた考えてしまう。それを否定することができない。こんな自分は頭が悪いのだろうかと、時々、不安になる。結局は本物とは何かということに尽きるだろうか。本物とは何かと問うことをせずにはいられない。これが、自分の本音である。相対主義的なものの見方が横行する今の世にはそぐわない考えだが、本音は本音だ。相対主義とは相対主義への信仰であろう。自分の見知った限りでは、本当の信仰者とはもっとも信仰から遠い位置に自らを置くものだった。逆説的だが、信心深い者ほど徹底した懐疑主義なのだ。
本物という言葉を、その定義で以て分析して掛かるのは一番つまらない術である。そういうものに人間の理性を使うのは理性の浪費に相違ないと思われる。

ちなみに、本物という言葉についてだが思うことを勝手気ままに一つ。先日帰りの車中で柳田國男の『日本の昔話』の朗読を聴いていたのだが、その序文で柳田は子供たちに向けて自分がどうしてこの本を編んだかをじつに明朗に語っていた。それを聴いた時ぼくは、ああこういうのが本物の学者なのだなと感心した。つまり本物とは、子供に面と向かって堂々と自分のした事を語ることができる、という意味でもあるのだ。

話は変わるが、だれかの憎しみを想像することはその憎しみをともに憎しみ、その憎しみをともに溶かす行為なのだと今さらながらに気付く。ともに泣くこと、それが想像することなのだ。これは大袈裟な話ではない。そうするより他にしようがないばかりか、それだけが自然に背かない心の働きでもあるという常識が心の台座には凝然と建っている。あまりにも鈍麻な自分は感じる心を忘れ、理に走り空しい道をさまよってきた。ぼくはこれから立ち直れるのか、感じる心を取り戻していけるのか、そればかりがぼくにとっては一大事のようで、他のことはほとんど無いに等しく今は思われる。しかし、こうした心の働きすらも移り変わるもの、じつは無常なものである。無常を体得することは、これまた逆説だが常住なるものを究めなければならない。その究めの矛先を何に措定するかは人の勝手だが、僕の場合は、感じる心を正確に把握する感覚を取り戻すことに尽きるように思われる。こういうことを書くと随分考え方の堅苦しい狭隘なやつだと思われるかも知れないが、そんなのは先刻承知で、普段の僕はいつもおどけていて殆ど冗談しか言わない人間だ。ぼくにとってこういう事を書くことはバランスを取る行為の一つなのかも知れない。バランスすなわち生の肯定である。自分がどんなに鬱屈とした感情を抱えていても、必ずそれを中庸へと軌道修正しようとする自然本来の働きが存するのを否定することはできないのだ。





ところで、仮に局所的な平衡状態へ参画することが社会で働くということならば、こうして今ただ呼吸をしてるのだってそれと大して変わらない筈だ。じつに局所的だし、またその平衡状態にいくらかは寄与している。つまり何を言いたいかと言うと、これはぼくのしてきた事がいかに無惨なものであったかという表明なのである。

ぼくは戦後詩人のようにも戦前詩人のようにも、また、マヤコフスキーのようにもリルケのようにも、なんにもなれずに自転車ばかりをこいできた。何一つ、ものにならず。何一つ、愛せずに。これを認めることはとてもつらいけれど、ひとつの空疎な生を、生きたばかりだった。

魚の銀河や、水族館のような窓の汽車。そんなものを夢想しながらも目はいつも遼くを泳いでいた。嘘を付きすぎた為、閉じ込められたあばら家の湿気た庭で今はしゃがんで暮らしている。

勝手無闇に罪を作りその罪に痺れ、キルケゴールを読むのをやめ、行き帰りに正法眼蔵を聴き、視力をおとし、皮下脂肪を魯鈍にたくわえ、彷徨い、飽き、詩に揺蕩うふりをしてはあらゆる平和なものを穢している気がする。

もう、図書館では赤の本、青の本、黄色の本のこの三冊の絵本で借りおさめ…本とは当分さよならだ、と思ってはいるがどうなることやら自信もない。頭蓋の中で夕焼けの様な来し方が燃え滾っているようだ。

ぼくはかつてあのたくさんの目をみはる詩や美しい音楽の影を闇雲に索したし、追いかけたし、縋ったし、袖にされもした。

今は、何もかも消えてしまった。これは感傷だろうか。殊更に勿体ぶっては変に卑屈になる、そうした蒼白い息のナルシスの表明に過ぎぬのだろうか。

ぼくはあるものを持ち、それを養いそれへ賭し、ついに、それ失くした。喪失は終わっていない。終わりようがないのである。

日々はまるで月の砂漠の駱駝のようだ。労責と浪漫とが混在し、堕する翼の音が至る所に谺している。それを朝の枕の千里向こうに聴くばかりの日常だ。

夕焼けに燃えるドウダンツツジの発狂に息を飲むものの、ほんとうのぼくは所詮、無反応なコンクリートに過ぎないのはわかり切っている。

ベートーヴェンもゴーギャンもピカソでさえも、気に入らなくて、三日前には現代詩手帖をナタで斬りさいてやった。もちろん快哉をあげた。このようなものだぼくは。ぼくというものはすでにぼくの残骸だ。打ち捨てられたロケット発射場の錆びた鉄くずだ。

ところが本当のほんとうの所はこの煩悩から免れたくて、ほんとうはこどもに読ませられる詩を書きたい、それだけのため生きている。それしかない、ともいえる。もうぼくには。

と、ここまでじつにつまらない駄文を書き連ねて来てしまった。ここらへんで少し休憩を挟む。



自分が今まで出会った中にはそれほど良い人も悪い人もいなかった。これはたまたまそうだったのか、それとも、世の中にはもっと色々な人間がいるのだからそんなのは一面しか見ていない人間の感想だと言われてしまうのか、それは分からない。

もっともどの場所にも尊敬に値する人はいた。そういう人と話をするのは純粋に感動することだったし、自分の考えなどその人の前では本当につまらないものだと思えたものだ。それは今も変わらない。

自分は人を見る時、その人の裏の顔まで気が行かないというか、ある一面に焦点を当てて見てしまう癖があるようだ。これはポジティブな側面においてかなり顕著らしくなにか直感的に立派だなと思うと、他のことが殆ど見えなくなってしまうという事が起こる。飽くまでも自分にとってポジティブと感じられる、という意味だが。ポジティブな側面の裏側をあえて捨てる事に一種の倫理的な性向を持つというのがこの場合の説明に相応しいだろうか。

そして、ネガティブな側面の場合はどうかというと、例えば誰かが愚かで醜くい場合(これは飽くまでぼくの主観だが)、その分だけその愚かさと醜さに直面することを求める。それを反応的に憎むということは、自分にとってはただの条件反射のような気がしてどうしてもできない。具体的には、ある人が自分に罵声を浴びせたとする。するとその瞬間にその人の未来に待ち受ける死や、抱え持つ存在の哀しみを曼荼羅のようにイメージしてしまうという具合だ。これは自分の性分として大変悩んできた事であり、若い頃に比べ今はだいぶ薄まってきたと感じてはいるが、いまだにそういう生来の要素に苦しめられる事がよくある。必ずと言っていい程何かしら巨視的な視点が一枚噛んでくるのだ。こういう人間の類型をたしか昔ドストエフスキーの小説の登場人物に見出した事をちょうど今思い出したが、思えばドストエフスキーが造形する人間というのは、現代に生きる我々の中にもじつにふんだんに見付ける事ができる。こういう素朴な驚きを入口として、自分もかつてはあの壮大なる小説世界に踏み入ろうとしたが、結局は中途で抛擲してしまった。機が熟したらいつかもう一度読んでみたい、そんな思いに支えられ、ここまで何とか生きて来られたような気もする。

性善説というのがあるが自分はもしかしたらこれなのかも知れない。しかし、なんでそんな風になったのかと思っても見当がつかない。特別な家庭環境に育った訳ではないと思うし、計り知れない不幸に見舞われたこともない。よくよく記憶を辿っていくと、どうやらこうした性分は生来のものとしか思えないのだ。とにかく、自分にとって自分の性分というものは恐ろしいものであると同時に、自分の存在の根本に関わるものではあるようだ。

きっとどこかで自分はこんなにも人を悪く思わない自分という存在にプライドを持ってるのだろう。そんなプライドを持つというのはどういう事かと考えると、たぶん他になんの取り柄もない自分であると、自分で自分のことを決めているからではないかと思う。そしてここで重要なのは、人を悪く思わないということが、世間においてそれが表向きは徳性の一つとして数えられていることだ。敢えて表向きと言ったのは、皆さんも知っておられる通り人のことを悪く言わないという事が徳性であるというのはただの幻想だろう。そして、その幻想に基づいて弱々しいプライドを形成し性善説の仮面を被っているのが自分だ。これは大変な罪悪であるように自分には時々思われるが、そこら辺はどうなのだろう、はっきり言ってよく分からない。こういう性分の得なところは、こういう性分を持つ者はしばしば同情を得られるという事だ。

さて、元をたどればそもそも自分で自分を画するというかこれしきの人間であると決めるということが、そもそもの根源にあるとさっき言った。では、なぜ決めてかかるのか。その答えは、それが楽だからだ。そうすることが自分にとって一番省エネだから。人間は誰も皆何かしら持ち前の傾きがある。その傾きは最初は小さな傾きかもしれないが、年を経るごとに段々その傾斜がきつくなってくる。これはどうも人間の精神の自然な道理のようだ。この働きに必要なエネルギーはほとんどゼロだ。自由落下のようなものだ。だから何もしないで放っておくと、性分の坂はほとんど絶壁ほどにもなってしまい、気が付くともう登れないほどの山となってしまう。

エネルギーの話で自由落下という喩えを出したが、これはしかし、いい喩えでは無かったかも知れない。なぜなら自由落下とは即ち重力の法則に従うことを言うからだ。であるならば、人間は死という地面へ落下し続けていて、その期間があまりに長いからそれを忘れているとも言える。従って死を忘れている事が、自分を画することの原因となり、その結果として自分の性向というものが、ひいては運命というものまでもが決まってきてしまうのだ。汝死を忘れるなかれ、とはよく言ったものである。




思い出すことにもそろそろ疲れた。ぼくはリクライニングシートを元の位置に戻すと軽自動車のエンジンを入れた。アクセルを踏むと車体が朝靄の中へ進み出す。時刻はちょうど午前七時半。だいぶ時間を食ってしまった。急がねば約束の時間に間に合わない。

道行く時にみえるドウダンツツジや紅葉、イチョウに桜、楓など色付く紅葉樹の悉くが好ましく感じられる。灰色の霧が山の突端を隠している。犀川はグリーンの水をたたえて静かに流れている。まだ釣り人の姿は何処にもない。

みな文章の主題となりそうだ。はやく筆を取りたい気分になり少しそわそわする。

一枚のもみじ葉を例えばボタニカルアートのような微細精巧に言語を駆使し造形を試みたい意欲が湧いてくる。葉裏を這う虫の脚の一本一本や、葉の来歴を示す小さな傷とその傷を縁取る茶色い縁、陽の運行に伴う色彩の微妙な変化についてなるべく詳しく記したいと思う。

こういう心の瞬間は非常に類まれに違いないから、心の移り変わりを仔細に眺めていたい。

また、人という人をその善意においてでも悪意においてでもなく、その人をありのまま感じることの快さ。忘れていた感覚である。道行く人の歩き方がぜんぶ自然にそぐわないわけではないし、コスモスが風に揺れているのも清々しく感じられる。空を流れる雲の軽さ、それも伝わってくる。

こういう瞬間の到来の為にこそ滅んだ精神の廃墟があるとすれば、世界は残酷なのか慈悲深いのかよく分からない。きっと分からないのだろう。分からないことの中に分かることもあり、また、分かることの中に、ふたたび分からないことが生成してくる。その繰り返しがいつまで続くのだ。これはもはや変転を超えた一種の愛である。愛という言葉が気に入らないなら、空でもよい。或いはロックでも。そこに既にあるものをあることにおいて肯定する、それこそが宇宙の根源を成すエネルギーなのかも知れない。


散文(批評随筆小説等) 11月1日所感(つれづれ) Copyright 道草次郎 2020-11-02 07:03:03
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