袖すり合うも
六九郎

私の遺体は祭壇の前に安置される。
祭壇と言ってもごく簡素なもので、棺はなく、床にごろんと寝かされる。
坊主の読経はなく、静寂の中に参列者のしわぶきが混じる。
パイプ椅子の上には、懐かしい顔が並んでいる。

喪服姿の女が進み出る。
ああ、あなたは下田先生…
小学一年生の、優しく平和で退屈な日々…
音の出ないメロディオンと割れた筆洗いバケツ…
年取らぬ先生は腰をかがめ、白い布を剥ぎ取る。
晒された私の死に顔を見下ろし、先生は唇を歪める。
いきなり私の肩を蹴り、先生は靴音を響かせて部屋を出て行く。

喪服姿の男が進み出る。
たしかきみは西田君…
毎日一緒に自転車で中学校に通った、やんちゃで乱雑な日々…
空気の抜けたサッカーボールと履き古した上履き…
卒業以来連絡すらとらずに…
西田君は私の遺体を黙って見下ろしている。
彼は私の太腿を2度、力任せに蹴りつけ部屋を後にする。

喪服姿の女が前に立つ。
竹村さん…
初めて付き合った女性…
ノートの切れ端を小さく折りたたんだ手紙と映画の半券…
お互いにぎこちなさが抜けないままに終わった未熟な二人…
竹村さんは靴でいきなり私の腹部を踏みつける。
私の真っ白な経帷子に、靴痕が残る。

次は着物姿の女。
母さん…
自分の身体を痛めて私を産み育ててくれた女性…
いつも自分のことよりも私のことを考えてくれていたはずのあなた…
ソフト麺のスパゲティと赤すぎるウインナーと固まらないシャービックと…
母はハンカチで口元を覆ったまま、草履の足で私の横顔を何度も何度も蹴る。
母は、振り返ることなく部屋を出て行く。

最後に私の家族達。
みんなで私の遺体を取り囲む。
懐かしい顔が私を見下ろしている。
思い出以外、なにもお前達に残すことはできなかった…
大きな足小さな足が、私の遺体を蹴りつける。
無言のまま何度も何度も蹴りつける。

そうして私は一人残される。
これから焼かれて灰になる。
引き取り手のない灰は、アスファルトの原料になる。
できれば、どこかの高速道路の原料に。


自由詩 袖すり合うも Copyright 六九郎 2020-10-25 19:05:34
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