幸福に近い場所
道草次郎

電気配線を組むのが
三十人中一番遅くて居残りを食らった

ひっきりなしの汗が
ポタポタと顎をつたう
電話がポケットでずっと振動していたが
全然それどころではない

ぼくの三分の一の時間で
さっさと課題を済ませた余裕の彼は
ついこの間まで世界を旅したバックパッカー
電気理論の勉強している最中にも
要領よく語学の勉強をしたり
辻仁成の小説を読破したりしている

ぼくがこの半年で読んだのは
たぶん非小説の二十ページぐらいだ
この落差はなんだ
この格差はなんだ
ぼくは至って真面目に取り組んでいる
だが能力とはじつに不公平だ

しかもぼくにはもう後がない
銅線と銅線を震える手でおさえて
リングスリーブを圧着しなければならないんだ
たぶん他の誰よりも
そうしなければもうどうにもならない運命なのだ
おそらく他のどんな運命よりも

居残りの椅子に座り
そんな事を考えていると終了の鐘の音が鳴った
補習もこれまで
あとはまた明日というわけだ

暮れなずむ街に出ると
やわらかなオレンジ色の灯りがともり始めていた
車のエンジンをふかしたぼくは
やっと
着信を確認することが
できたのだった


自由詩 幸福に近い場所 Copyright 道草次郎 2020-10-22 22:22:33
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