夭折
ただのみきや

幼恋歌

暑さ和らぐ夕暮れの
淡くたなびく雲の下
坂道下る二人連れ
手も繋がずに肩寄せて
見交わすこともあまりせず
なにを語るか楽しげに
時折ふっと俯いて
風に匂わす花首か
永遠にも似たひと時を
惜しむにはまだ若すぎて
それでも小さな針のよう
予感を言葉に出来ぬまま
駅の途中のコンビニで
アイスモナカを二つに割った
どちらからでもないような
マスクのままでしたキスは
池に放した金魚のよう
大人になっても買えはしない
全て失くしてしまっても
ひとつカタカタ鳴っている
宝石箱のビー玉は
あのダイヤより澄んだまま




金型

繰り返し口ずさむ
女の声は見えない
忘れられず
思い出せない歌よ

見知らぬ恋の夢から覚めて
うつろへと去り返らない
木霊を探し幾つもの
詩歌の籠をこさえたが

それはヒマラヤのよう
冷やかな悲哀を頂く
峻厳な絶望の山々
空ろを囲む心の内壁

繰り返し口ずさむ
女の声は見えない
忘れられず
思い出せない歌よ

預言だったか あれは
事柄ではなく魂の
旅の変遷を比喩にして
響きの生を吹き込まれ

預言 あるは呪
女神も魔女も通り過ぎる
全ての女の中に顕現し
留まることを知らない

繰り返し口ずさむ
女の声は見えない
忘れられず
思い出せない歌よ

言葉は密に堆積し黒く塊となり
ぽっかりと空洞を抱いたまま
目的の知れない古代の土器
なにを入れるのにも適さない

空ろ それこそが心だった
空ろ それ自体が女だった
己の内に鳴り響く無形のものの
金型となるべく書き続けたのだ





四季色彩

紫陽花は色味を変え
ナナカマドは実を染める
濃くあるいは淡く
失いつつ鮮やかに
枯れ果てて黄金に
重なり合う豊潤の
はざまに溢れ
暦からしな垂れる
薊は白く生を終え
葡萄は夢を太らせる





若木

丈低い桜の若木よ
そのやわらかな葉は
薄曇りの日差しにも透けて産毛のよう
握れるほどの細い幹も
椅子とテーブルで育てられた
少女の脚よりも真っすぐしなやかだ
公園の日当たりの良い所
太く逞しい添え木に支えられながら
やがて雪に覆われ冬を越え
次の春には幾つかの
淡い花弁を灯すだろうか
添え木に止まった小雀となにやらあどけなく
戯れて 色と香りと囀りを
うらうらと滲ませながら
愛でる者など居ようと居まいと
無邪気にただ切実に





おとぎ話

雨音を浴び続け酸っぱい靄が出た
小鳥の根が心臓に絡まったまま
死化粧をした月のよう 弟は
魚のオカリナに耳を当て
谷に架かった橋の上から
足下を渡る青い蛾の群れへ
爪先からそっと降り立った
上手く水を飲めずに溺れてしまう
胎児は魚を辞めて肺を持ったのだ
ぼくが煙草で穴をあけた
母の黒いシミーズから漏れて来る
乳白色の煙が巻き戻されると
ひとつの痛点が幻影を太らせる
ジェットコースターの螺旋を越え
ミラーハウスくぐり抜け
弟は旅立った
人身御供のゴンドラは
濃い雲と薄い雲の間を滑る
言葉にならない現実を玉手箱に詰めて
おとぎ話は無邪気なまま
瞼を封印する青い蛾



               《2020年9月12日》










自由詩 夭折 Copyright ただのみきや 2020-09-12 16:06:57
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