キッチン 22
平井容子

1.

ベランダのむこうに
海がひたひたと満ちてくる
だから駅前のコンビニも
24時間のスーパーも
どこも沈んでにじんでいる

空の冷蔵庫のなかで
たっぷりと寝た肉を吊り下げて
夜光虫を釣る

無限につづくくせに
ひどく淡い恋を
空腹をまぎらわすために
ひとつ、ひとつ
砕いてたべた



2.

冷夏だった、
たしかそんな気がした

だから、きっと
あの古い喫茶店で
むかいあったまま
アイスコーヒーはどこまでも
ぬるくなって
うすくなって
悲しい汗が流れてとまらない

壁に書かれたメニューは
雨音とかすれ声のサンドイッチ



3.

らららと、とんび
秋晴れが
むだに高くて
いのちが
いくつあっても足りないね

いずれもしみこまないフレンチトースト
あるいは永遠に白紙の日記

そのあいだ
生理ばかりがきた

シナモンのにおいがして
立ち止まれば一瞬
なぐさめるように
体を風が抜けていくだけ



自由詩 キッチン 22 Copyright 平井容子 2020-09-11 02:31:26
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