李家の人々
ただのみきや


抗わず流されず
風と折り合いつけながら
トンボたちは何処へ往く
銀の小さな傷のよう
翅で光を散らしながら





白紙のこころ

尖った波に足を取られることもなく
風は駆ける
翼のある脚
  渦巻く大蛇
    広大な羽衣へと姿を変えながら
 矢のように放たれた叫びが
 遥かなあの島へと届く前
  虚空の胸中に捕らえると
    無数の唖の口形
     鯉のように食んでは食んで

生皮を剥がされた こころは
鴎たちの傾く白い交差の中を
 赤錆びた係船柱の陰で囁くフナムシの上を
 陽炎の中では陽炎をまとい
 雨に穿たれては雨の素足で
  近づいて来る
  夜の満潮のように
    見えない聞こえない
    見ることも聞くことも忘れ果てて

 それでも夢想し仮定する
  在り様の全てを喪失して尚
   静電気に呼ばれる綿毛のよう
    こころはこころを引き寄せると





持続性

石の思考
雲の眠り
夢の中で明かされた秘密
目覚めによる無罪放免

空に浮かぶ水
海に溶けた空気
大地の呼吸
大地の唾液
地中深く燃える火
夢で刺す現実
潮干狩り
黙した貝が開示する夢
生に欹てる死の心音
死者のぬくもり
吾子の骸に耳を当てた
――記憶
   「今」の持続性





寝落ち

風の強い朝
歩きながら眠りに落ちかけた

――このまま何もなかったように
夢の中を歩くのだろうか

あぶなっかしい だが
再び目覚めなければ問題ない





幸せキノコ

薔薇色の未来も
虹の向こうの世界も在りはしない
欲しけりゃキノコでも食うことだ
生きることは労苦の積み重ね
そんな労苦に何時しか馴染み
張り合いみたいなものを感じるか
休息するときは素になって
飲み食い快楽を報いとするか
あるいは共に過ごす人々を見つけ
世話を焼いたり焼かれたりと
関係性の中に価値を見出すか
そんな諸々が
こころの天秤を幾分生へと傾ける
全部でなくてもせいぜい二つ
一つじゃあ心許ないが
〇と一
無と有の隔たりは大きかろう
割り切ることだ
世の中決して割り切れないと
理想夢想を静脈注射しろ
そこに在ってどこにも無い
追いかけることに酔い痴れろ
闘争と陶酔は同義
覚めるまでは上等な生き甲斐だ
好きな名札を張ればいい
幸も不幸も実体ではない
如何様にも判じ
好きに名付けて呼べばいい
運命でも来世でも
信じたければ信じればいい
誰かの名言を自分の杖にしたっていい
ベニテングでもワライタケでも
好きなものを食えばいい
ほら あの虹の向こう
薔薇色の未来が微笑んでいる





近親相姦

昨日に包まって酸欠し
静脈色の「た…け…」が睫毛の間に溺れている
少年の膝小僧に釘を打つ
少女は長襦袢を引きずりながら母へと変わって往く
金の産毛から「こ…し…」の甘い匂い

黎明の雄鶏 透き通った波
卵が割れ太陽は落下
大地は大地を飲み込んで往く
十二時の針の逢瀬
二体の胎児はひとつの陰陽図となって子宮を編む
蝉の抜け殻の大群が風にカサコソ
時間の断面をいつまでも横切っていた

母が新たに完成すると
双子は再び生まれ出た
夏が侵入する
死者たちを引き連れて網戸から
そうして皮膚から呼吸され養分となり
シロツメクサやツユクサで眼孔をいっぱいにした
鋸を引く音が天井から響き
裏返った文字が埃のように降って来る
星の距離ならすべてが冗談だったろう

一輪の芥子が瞬きもせず虚空を見つめて肥えるように
双子は母を吸い尽くす窓の外の押入れだった
首を捻じりながらゆっくりと扇風機が倒れて行く
一つの台詞を意味が失われるほど繰り返し
米櫃から溢れた米は不正を叫ぶ群衆になる
それら全てが言葉の絵札を繋ぐ神経衰弱だった

(あ…し…る?
  (あ…し…る 
真珠のように固く閉じ輝きを汗のように洩らしながら
全ての螺旋は重力の底へギリギリと捩り合わされる
母という遊戯で互いを相殺する
水銀の笑い声
壁時計の放心
羽根を切られたインコは下敷きになり
片方の鉤爪を表現者として舞台に残した
緋襦袢は湖面のように揺蕩っている
ひとつの母の皮を被り
二人は底なしの床の上
もつれ合う宿世も遺伝子も蛇のように
長すぎる触覚でその気に触れた
虫は鳴かずに共食いする





シャッターチャンス

制服姿の少女が夕空
虹に向かってカメラを構えている
背後わたしは
心でシャッターを切る





                    《2020年9月6日》
   
  
*李家の人々とは
   1950年代 香港で性具の卸問屋として財を築いた
   シニタガ・李と息子娘たちのこと
    長男 ブルース・李
    長女 ブロッコ・李
    次女 メランコ・李
    次男 エルビスプレス・李
   家族全員が詩人だった その作品は現在一つも残っていない













自由詩 李家の人々 Copyright ただのみきや 2020-09-06 15:12:03
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