地鳴き
山人

 「本日、登山道の除草をしています。御注意ください」、と、コピー用紙にマジックで手書きしたものを車のサイドガラスに貼り付けたのは朝の五時五〇分。その後今季初の登山道の除草に分け入った。
 八月中に廃道林道と八十里越え魚沼市分の除草を四日かけて終わらせ、今日から本格的な山岳作業に入った。相変わらず胸部の不快感はあるものの、かまわず刈り始める。
 二時間弱刈って急登に差し掛かる前に一度目の休憩をとる。レモン水と梅干一個を摂り、水を飲む。山岳道の除草ではチップソー(ダイヤモンドチップが埋め込まれている刃)は使わない。一度切れ味が悪くなると補修が利かないからだ。面倒くさいが、笹刃と呼ばれる木挽き屑が出やすいよう加工した刃を使う。切れ味は抜群だが、石を何度か叩くたびに七ミリ棒ヤスリで研磨しなければならない。その作業に一〇分は掛かるから逐次三〇分近く休むことになる。
 次は、一時間二〇分刈って休むこととした。日差しが射す場所がかなりあり、かなり疲労していた。暑さが身に堪えはじめてきたので、胸や上腕にキンカンを塗布する。これによりいくぶん体温が下がる気がするのだ。
 草は今のところ多くない。シダ類の柔らかいものがあちこちに点在し、ときおり目の前に小枝などが邪魔をするが、それをカットしたりするのだ。細かい、ちまちまとした除草を延々と繰り返すこととなる。そして、なにしろ足場が悪い。平らな所をぼんやり考え事をしながら刈るようなことなどできない。厭になる、イライラする、叫びたくなる。そんな中、一般登山者とスライド(行き会うこと)したり、追い越されたりするのだが、それがなによりの気分転換になったりもする。ねぎらいの言葉をかけてくださる方が多く、その言葉で救われる。
 十一時一五分、浅草岳山頂眺めに着いた。ここで昼食を摂ることとした。弁当の中には味付け茹で卵が二個と、タラコと野沢菜というシンプルなおかず。それを食べながらぼんやりしているとウグイスであろうか、チッチッと地味な地鳴きを繰り返す鳥がいた。すでに野鳥のさえずりの季節は過ぎ、生活のための息遣いのようでもある。藪で姿を見ることはできなかったが、健全な鼓動を刻んでいるのだろうと思った。
 午後三時頃から雷注意報が発令されていたので、ここで引き返しても良いと思ったが、出来れば前岳分岐まで刈り倒したかった。徐々に疲労からか刃を石に叩きつけてしまうケースが多くなり、まるで切れ味が悪くなってきた。休んで刃を研ぐことも考えたが、あともう少しと思い、切れない刃のまま作業を進めた。
 全作業時間、六時間半で前岳分岐に着いた。すでに弁当は食べ終えていたので、カシューナッツと水で乾杯した。 
 刃はガタガタだった。ずいぶん時間を掛け研磨した。刈り払い機の熱が冷めると事業用四号袋のゴミ袋にエンジン部分を入れ藪に仕舞った。 
 明日、早朝、ふたたびこの場所まで歩いて登ってこなければならない。そしてまた作業をする。私にとって当たり前のことが今年はとても不安でならない。


散文(批評随筆小説等) 地鳴き Copyright 山人 2020-09-05 18:14:15
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