朝食へ至る
道草次郎

味噌汁を掻き混ぜていると渦運動のさ中に黒色の欠片が俄に散見された
葱の二又に分節する箇所に身を隠していた微塊な土くれか
或いは湿地の石突きの紛れ込みか
それを判別する有効な手立ては持ち得ないのだが

背後で沸々と炊き上がる白米
胚乳と呼ばれる稲を稲たらしめる為の栄養素の塊は
蓋下の闇にあって爛々とその身を躍らせている

菜種油の上に波打つベーコンに半身を擡げる卵黄のかすかな震えに
菜箸は一瞬躊躇ってしまう
そうして遠慮勝ちに為されるテフロン加工底面への小刻みな数撃

柔らか過ぎるナイロンに包まれた危うい板海苔たち
醤油は浅漬けとともに無言のまま移送され
卓袱台上にて杳として禅定に入る
注がれてから暫く経った鳩麦茶は早くも滝のような汗を垂らしている

斜めに端なく交差した二本の箸のそれぞれ指し示す先には
捲られて間もない明治数えを売りにしたカレンダーと
朝の光をぶつ切りにする葦簾の矜恃とがある

座して姿勢を正しリモコンのONボタンに今まさに人差し指を持っていこうとしているのは
三十五億年前から連綿と絶える事の無かった自己複製分子のガタピシいう不完全な神輿
或いはその肩に無邪気な妖精を遊ばせている寂しいうなじの付随物

「いただきます」という画期的な宇宙的言辞は咽頭より吐き出され
箸を手にするその節くれだった食指にはデボン紀の名残り
味噌汁の味は遥か太古の海の記憶を呼び覚ます


自由詩 朝食へ至る Copyright 道草次郎 2020-09-02 15:42:43
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