ここは家ではない(らいこう28)
れつら

父母の割れた声が響いている
ここは家ではない

扉を閉め、鍵をかけ
空気を隔てても、まだ壁が振動している
ここは家ではない

布団を被り、耳栓を押し込み
脳の奥にツンと一本の線が走る
ここは家ではない

その一本の線はやがて、点に収縮し
まるまった態勢から
身を捩り進む
壁は肉でできている
ここは家ではない

肉の襞をかき分け進むと、
最後は無理矢理引っ張り出される
やたら眩しく
血だらけの手袋で掴まれて気持ちが悪い
ここは家ではない

全身が常に外気に触れている
そのおどろきに声をあげると
飯を口に突っ込まれる
同時に糞が出る
服を着替えさせられる
ここは家ではない

さらに眩しい場所へ
さらに広い場所へ
乗り物は自動的に進んでいく
風景は時折、黒く区切られ
闇の中でもランプが光線を描く
ここは家ではない

乗り物には無数の窓がある
それぞれの窓には顔がある
ひとつの顔も 複数の顔もある
窓の外にも異なる窓があり顔がある
中には自分の顔もある
顔がないものもいる
声だけが聴こえる場合もある
声すらない者もいる
ここは家ではない

ただ文字が陳列され
その録音が響いている
約束を守ろう
という声が、風が吹くたび
色を変え、輪郭を変え
翻る
元のかたちを忘れ
風に、吹かれている
ここは家ではない

言葉には表と裏がある
場合によっては厚みもある
そこここに置いてある
立て掛けてもある
一見なにもない道で
時折躓いてしまう、
あれは言葉に躓いているのだ
その鋭い角で殴られたりもする
やにわに雨風が叩きつけ
ぶつかり合って変形する
そういうときは、いつも向かい風で
そうでないときは、風に気づかない
ここは家ではない

でこぼこになった軒下で
雨が過ぎるのを待つ
誰かが駆け込んでくる
その人をあなたと呼ぶことにした
ふたりともひどく濡れている
くしゃみをして、風邪をうつし合う
何度も、それを繰り返す
おずおずと、しかし、執拗に

ここは家ではない
いつかここに住みたいと思った
そんな場所は、もうない
あなたとも、離れた場所にいる
そんなことを何度か繰り返した

ここは家ではない
安全な場所はもうない
比較的信用できる傾向に
今日も太陽が傾く
あなたもきっとそれを見ている
そう思うことを言葉と呼ぼう

ここは家ではない
それぞれの言葉たちは
ひとりであることを証明できない
あなたにまた声をかけることは
とても難しい

家ではないここで
ぼんやりと座っているうち
うっかり眠ってしまう
そんな間にも
誰かと、また近づき
新しい生活を築いていないとも
言いきれないのだ


自由詩 ここは家ではない(らいこう28) Copyright れつら 2020-08-29 22:06:03
notebook Home