狐花
相沢才永

彼の暮らしを私は知らない
だから彼の不可思議な言動は必ず美しい
彼の部屋の壁は私の心の壁と同じ色
だから彼の言動は不可思議であるほど美しい

独白 それは詩と飾られた滑稽な独白
狐花 それは曖昧なようで明瞭な狐花
彫刻刀を持つ手が震えるのを堪えながら佇む美術室の一角
差し出された彼の真っ白い右手首に紅を引いた彼女の記憶
それは頭蓋骨の中身を掻き分けて観た私の記憶

彼は本能がために私の服を脱がせ
私は欺瞞がためにそれを感受する
腕時計を外せばその真っ白い肌より遥かに白いひとつの線が現れる
よく気づいたね と彼
知っていたのよ と私
ベッドの軋む音ばかりが気になった

壁に広がる染みの色を私は知らない
だからこそたおやかな独白
だからこそ咲き乱れる狐花
だからこそ夢のような記憶

ふと彼の右手首の中に住む彼女と目が合う
漆黒の瞳は傷だらけの左手首を必死に隠す
厚い唇が開くことはない
だから私には美しいばかり
懐かしいばかり


  「悲しい思い出」「あなただけを想う」「また逢える日を楽しみに」
                         (狐花の花言葉)


自由詩 狐花 Copyright 相沢才永 2020-08-26 20:25:56
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