夢幻の話
道草次郎

あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあか
やあかあかや月

明恵上人



「或る決闘の夢の話」


偏執的な夢を見た。

細かい部分は今まさにその記憶が朝の陽光の中に消えつつあるが、宮崎駿と宮本武蔵が決闘をして竟には宮本武蔵が勝つという奇怪な夢だ。

それしても武蔵の勝ち方がエグかった。なぜか野営姿の宮崎駿が担いでいた猟銃を取っ組み合いのさなかに強奪したかと思うと、床に仰向けに倒れもがいている宮崎駿の顔面めがけて執拗にその銃弾を撃ち込むという決着の付け方だった。顔は原型を留めないほどに破壊され、周辺には脳漿や肉片、よく判らない組織片などが至る所散らばっていた。その決闘を見物していた野次馬の最前列に、もう一人の仕事着(エプロン)姿の宮崎駿が居て、彼の真新しい革靴には薄ピンク色の肉片がべっとりと付着していた。それを認めたそのもう一人の宮崎駿は発狂せんばかりの叫び声を挙げる。そして、何処かへと走り去ってしまうのだ。 黒山の人だかりの後方でその一部始終を目撃していた自分の頭に浮かんだのは、先刻エプロン姿の宮崎駿がそっと自分だけに耳打ちしてくれた或ることについてだった。それは、宮本武蔵とポルコ・ロッソの決闘を描いた素晴らしく上手い線描画の隅に、自身がこっそりカメオ出演しているのを仄めかすような内容だった。


「朝起きた人が当たり前に思うこと」



目を覚まして暫くは不思議な感覚にとらわれていた。朝が来て、また一日が始まる。だか、起床して間もないこのあわいのような時間に世界は心許なく不安げに震えていた。生存は喉の奥の辺りで覚束無げによろめき、グラグラとした眩暈がそれに取って代わったかと思うと、すぐさま底の定かでない鈍い動揺感が襲ってきた。その数秒間、生死はじつに不確実なものとしてしか存在し得なかった。

果たしてこの夢が脳の中の何を抑えようと努めたものか、あるいは何を誘発しようと企図したものかは不明だし、脳自体が処理しきれない情報を持て余した末の苦肉の策だったのか、それともそれは単なる情報の整頓に過ぎなかったのか結局のところ分からない。



「グロテスクと錆びた匕首の印象」



たしかに前夜眠れずにいた時、気の向くままに某グロサイトでメキシコの麻薬カルテルが嗜虐の限りを尽くして行った残虐行為の画像を見たには、見た。白状する。だが、なぜ宮崎駿と宮本武蔵が登場したのかは神のみぞ知るだ。しかも、宮本武蔵の容貌は極悪人のそれであり、もはや二刀流ですらなく、山賊が持っているような錆び加減の匕首を手にしてるだけだった。血が滲んだ長細い鉢巻がタラりと頬に垂れていて、武蔵が相手を睨みつける度、その先っぽを舌もろともイヤらしく噛んでいたのが妙にリアルであった。


「生存の幸福と非現実性」


しかし、あわいから現実へと移行する際のわずかの瞬間…(それは一秒にも満たないほんの刹那であったが)の感覚は鮮やかに覚えている。
それは、生存を脅かされることの殆どない日常というものがどれほど貴重であるかという直感である。この直感だけが暫くのあいだ、どこかしら非現実的な妖気を発しながら薄暗い部屋の中を浮遊していた。



「コピペみたい話と可笑しな流れ星」


人間の脳の活動には未だ多くの解き明かされていない謎があり、夢もそうした謎の一つであるのは間違いない。夢の神経生理学的な解釈は、一般的にはおそらく、各記憶域にジャンル分けされた情報が睡眠時に整理される一連のプロセスのことをいう。では、他の陸上動物や海洋生物、昆虫、下等と言われる微小生物の類はどうか。他の生き物たちも夢を見るのか。ここでは少なくとも哺乳類や海洋生物など、人の脳と比較的似た脳組織を有する生物に関する説明は省こう。

まず、昆虫である。その脳に代替すると言われる神経組織の束(脊椎動物の脳に類似の機能分担が認められるので脳とも言える)が何事かを夢みるとしたら、あるいは夢に似た何らかの作用が彼らのうちに起こっているとしたら…。もっとも複雑な神経組織の集合体を有さない生き物に夢は不要という説もあるにはあるが、実際どうなのかを誰が知り得るというのか。また、微生物やミクロン単位の生物たちが、その体内における分子作用を引き金にして、彼らにとっての夢にあたる何かを体験していないとどうして言い切れるのか。

情報のランダムな集積は適切な整理を必要とする、これは情報処理における基本だろう。シナプス結合の密度の具合などから記憶の取捨選択が行われる必要があるという訳だ。たとえば昆虫の脳の特徴は、処理シナプスの殆どが体節など体のいたる器官に分散していることだ。それぞれ独立した形式でそれは存在しており、したがって一匹の虫の見る夢は、無数の体節や触覚、視覚、聴覚…などが作り出す夢の混合体となるだろう。翔く夢はさながら万華鏡の中に墜落するようなものだろうか。菌類にいたっては記憶を司る何らかの機能を有していることが確認されている。だから、キノコも夢を見るかもしれない。胞子として浮遊する夢か、それとも胞子を放散する側の夢か…そのどちらを見るのだろうか。そして、どんな風にその夢を経験するのだろう。そもそも人間は感じない夢というものを想像出来ないから、キノコの気持ちなどは解らない。



「生物と無生物が希求するところのもの」



はて、万物の有り様とはこれ如何に。

生物が最終的に希求するのは、やはり安定…だろうか。いかなる生命体も秩序への邁進を一時も忘れることはできない。平衡状態への懐かしさを常に抱きながらカオスの中に一時的に起こる秩序=平衡状態を求めてやまない、これが生き物の常態ではあるまいか。そして、宇宙的な事象の数々もこれに従うのではないか。惑星系の生成や分子運動、熱力学の法則、数々の物理現象、インフレーション理論、ガウス定理、バンドウイルカの服従、公務員志向…etc



「スターメーカーと円環」



幻視者のヴィジョン。あらゆる物質と非物質は大規模な混沌の中においてそれよりも小さな秩序を必要とする…宇宙の大規模構造すらそれより上位の混沌の中のひとつの秩序にすぎない……永遠階層、虚無螺旋、無限生滅、神の設えた円環図書館、虚数空間のパーティー、粒子崩壊の碧い俤……アンドロメダ星雲が希求するコスモスへの思念が夢を見させ、その夢による混迷は既に新たなる星団復活の予兆を胚胎している…



「扁平足の実存主義者」


生者であることは、というより宇宙の内容物である限りは、この秩序=コスモスへの希求から脱することは不可避。フカヒ。ふかひ。嗚呼、太陽が眩しい!!それと、銀河も同じぐらいに!!



「対称性の中の逆説の中の非対称性」



〈 レディース&ジェントルメン、いざ、宇宙をご紹介しましょう。〉

こちらは秩序と混沌、若しくは混沌と秩序です。エントロピーの法則…またの名は熱い紅茶は冷めゆく…溶液は希釈し続ける…褐色矮星もいずれは燃え尽きる。膜宇宙さんたちの馴れ初めはともかく、創造がお産まれになるや滅却は勃興を孕み既に再滅を遂げておられて…。えーと無限のうちの一片、一片のうちの無辺大でしょうか。でもって原子のなかの孤独、孤独のなかのフォトンというわけですね、ふむふむ。感覚を内包する真空、真空を逸脱する身体…よし、これで決まり。つまりは無作為な配列、作為的な渾沌というわけですな。ほほう象の足跡、足跡の象性?イエス、象性。なかなかイイでしょ。どうやらイルカの混乱、混乱のイルカ状収縮にそれは見出されるようです。やれやれアルカリ性の中の酸性は酸性の中のアルカリ性的可能性だそうですよ、まったく。然り。…人間の中の悪魔、悪魔の中の人性…



「疑問符へは何度でも立ち返ることができる」



ところで、もう一度黙考。色々な事をまた他の角度から。

秩序も混沌もない。あるのただあるべくしてある、それだけだ。ならばなぜ、人は夢を見るのか。なぜ、なんらかの状態を別の状態へと組み替える必要があるのか。宇宙の落とし子として、我々のうちに秘されている何かとはなにか。残虐な夢の汀でしばし佇んだ数秒間の、幻のようなあの時間の意味は?本当にそれは安定を寿ぎ、その為の行動を自分に取らせるようと宇宙が仕向けた何かだったのだろうか。それとも、ただそれがそうであることの中に既にしてそうであることの萌芽を宿している何かなのか。若しくは、率爾として高峰が大気層に屹立するかの如きに、或いはブラックホールが刹那にして銀河バルジの内奥で一挙蒸発するかのようにそれは起こっただけなのか。寧ろ起こってはいないのか。あるいはそのどちらでもない中立均衡状態が本当か。あらゆる確率と数列と幾何学が地虫の蠕動のリズムに非線形グラフを見出すように、死んだキリンの腐肉を分解する微生物群の統合されたゲシュタルトが中空の禿鷲の内臓へ位相転移するように、それらはただ、それらの動機にしたがい動機それ自体が目的でもあるかのように振る舞うことで、郷愁めいた摩訶不思議な自壊を保つのみなのか。たしかに新しい太陽は雫のなかでさわさわと滅びている。そして、風は骨組織の不可視の空洞でむなしいダンスを踊り続ける。マントルは地球内部で恋人を捜索しながらも、プレートテクニクスに神聖をみている。野の花は予め監獄を内在し、故に死は所詮透明な薔薇だろうか。銀河に延びる蝸牛のツノは渦状椀を鷲掴みに……



「忙しい貘の話」



さて、人が夢を見るのはたぶん、こうした不分明な思想の一切を神のペットたる貘に喰わせるためだろう。あいにく貘もなかなか繁忙なので喰いにも来てくれないようだから、こうした不可解な世迷いごとがいじらしくも表現行為の一辺境である斯かるネット詩界隈に瀰漫する事とあい成るのだ。



「ありきたりな結語」



ゲップ、か暇つぶし。

ひとえに神=脳の企みは、これではなかったか。


「∞」

赤い月夜をめぐってなお赫く





散文(批評随筆小説等) 夢幻の話 Copyright 道草次郎 2020-08-22 00:51:21
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