サピエンス
桂
逃げるように追う
生と死が紙一重で競う
ライオンが腹を満たした後
バッファローの白骨が赤土の上に横たわる
お前の第三の目はそれを焼きつけ
命が永遠に巡る清流を捉える
魔が差して 両目を開くと
それは消え
高層ビルが立ち並ぶ
いつものコンクリートジャングルが眼前に広がっていた
お前の魂は戸惑い
激しく揺さぶられる
ライオンがバッファローを襲う代わりに
ここでは車輪のついた鉄の塊がホモサピエンスを一匹襲っていた
通勤に使っている環状線でまた人身事故が起こったらしい
「どうせ死ぬなら ライオンの糧になればよかったのに」
お前はプラットフォームで流れるアナウンスを聞きながら
永遠に巡る清流から
鉄の塊によって弾き出された同胞を憐れむ
彼の死が電車を遅延させる以外ほとんど価値がなかったからだ
あと数万年前早く
彼が生まれていたら
孤独感に苛まれることも 自ら命を絶つ必要もなく
昼寝でもしている間に
ライオンかサーベルタイガーの一部になれた
土台 早すぎたのだ
農耕が始まったのは たかだか一万年前
産業革命が始まったのが たかが二百年前
iphone が開発されたのが今から十七年前
でもそれより遥か前
約20万年前から
ホモサピエンスは存在していて
そのほとんどの時間を
狩猟する人として過ごしてきたのだ
文明が興っても遺伝子は変わらなかった
だから戸惑うのも無理はない
戸惑うのはお前だけではない
複雑過ぎるこの世界では
誰もが迷い 自分を見失う
あと数万年早く生まれていれば
貧富の差などなく
お前とスティーブジョブスは
焚火を囲んで同じ肉を分け合っていただろう
あと数万年早く生まれていたら
俺は女々しく詩など書かずに
星空の下
お前に口頭で言葉を編んでやっただろう
かけがえのない友に送る唄を...
」