手探りで
ふるる

大きな山だった
立ちはだかったまま青く動かないで
汚れたままの靴と
広くて深い空
その空に追突していった
ま白い鳥が
置いていった羽をくるくるもてあそびながら
雲の上や切れ間を流れる風に見とれていた
見えなくても動いてある
あそこや
ああ
あそこにも
叔父のよく動く口
話を聞きながら頷いていたけれど
半分しかわからなかった
墨をするときの静かな気持ちで
どんな質問に答えよう
どんな答えを編みだそう
予想ができないから
正しくあることはできない
ここからここまでの感覚と言えるだろうか
直感を信じる
あの大きな山を前に
ばらけた木々のざわめき
降ってきた木の実を
両手で受け止めてからすべもなく捨てた
少しだけつらいような出来事
ただ、想像するだけだからなんてことはない
その周りを回ることだって
拗ねて首を曲げた
その近くに風は吹いて
閉じこもって考えていても仕方がない
外に出ればまたあの山だ
向こうには何があるかって
考えないのか
気が向いたら遊びにおいでと言っていたのに
叔父は消えてしまい


レコードのアルバムが沢山遺されて物置の中に
カビの匂いとしめった木の匂い
すぐにお腹が痛くなる場所
二三枚レコードを抱えて外へ出る
電線のたくさん交差しているあたりで曲がり叔父の足跡はそこまで
レコードのビニールカバーは破れて飛んでいった
最後にかけたのはどれだったのか
中身がないものや
ジャケットと違うレコードが入っていたり
立派な黒くてつやつやした円盤に
刻んであるのは若き叔父の姿
拗ねたように首を曲げて
下を見ている
猫背の人から漂うのは拒絶
話しかけてもらえる期待と絶望感
会話はあまりしなかった
聞けば何でも答えてくれた
半分しか理解できなかったけれど
ガイネンという言葉を初めて知った
質問の仕方がよければ
質問者は答えに近づいている
質問にも色々あってね
ふっとそれまでの空気と世界が途切れ
世界も自分も何度でも塗り替えられる
そう言った顔は思い出せない
光にのまれていた
闇が覆っていた
どちらか
霞んでいる叔父の顔は穏やかに見えた
母の事を姉さんと呼ぶ唯一の人
いつもノートにむつかしい呪文を書き込み
おそらく数式だった
ねだって手の甲に書いてもらった
肘から手首までの長いもの
小指におさまるもの
くすぐったくても我慢した
母に見せると
誰に似たんだか変な子になっちゃって
困ったような声
何も為さずに消えた横顔は真面目
それは消えた足跡
まっすぐで
答えを探る瞳孔
嘘を許さない背中
たまには陽を浴びたらいい
あの山を見ると嫌になる
いま抱えている問題を思い出す
目の色が不思議で
太陽の下では濃くなる
茶色い猫が歩いてころりと寝転んだ
くわえていたのは靴の片方で
せっせと飼い主に貢いでいるのだった
片方だけの靴が
だから叔父の家の前には並べてあった
彼のいた場所には穴があいて
そんな穴がどこにでもある
そこに触れると冷たくなったり
暖かくなったりする
乾いた音楽がいい
演奏家もウェットなのは苦手
淡々と奏でられるバッハ
ゴルトベルク
という響きも教わった
たまに頭に手を置いてなでるでもなく少し待つ
手を繋いだことはなかった
嘘の何がいけないのよ
母の怒った声は震えていて
なだめてあげたいほどだった
ごめんとつぶやいたのは誰だったのか
誰もいなかったのか
そびえ立つ大きな固まりが空を持ち上げて
山は大きな人だった
夕焼けは毎回燃え夜へと消え
叔父はあの向こうへ
多くの疑問を残し
黒い雲を沸かせ
雷を呼び

先の大雨で山肌はただれ
河は壊れた
呆然と見つめる横顔の中で
そんな時はうつむいてしまえばいいのだと知っていた
いないのに必要なときは蘇る
風や雲とともに
切れるほど青い空にすっと雲がかかり
嫌な思い出もあんな色に塗れたらいいなと叔父は形のよい唇でつぶやいた
淡々とした叔父にも嫌な思い出がかぶさっていたのかと
今驚いている
イチ、と猫を呼ぶ声は低く
姉さん、と呼ぶ声は少し高く
なんとなく過ごしているうちに年を取り
恋も愛もなく通りすぎ
今は老いた母と二人暮らし
昨日介護退職をし
とても深くて青いような困難が立ちふさがり
叔父ならどう答えるか
うつむくのか
淡々と書き付けるのか
すりきれた記憶から
手探りで思い出している

母は毎日誰もいない玄関に向かって
おかえり
と言う









自由詩 手探りで Copyright ふるる 2020-08-13 21:48:13
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