柳蔭日記 2020.7
春日線香

病院だった。身体中に青いペンキを塗った人々が、病室のベッドで睦み合っている。一階から五階までおおむね全ての部屋がそうなのだ。不思議と廊下や待合室はしいんと静まり返っている。外は薄曇りでところどころ陥没した道路には水が溜まっていた。


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家を建てる時に壁に取り付けてもらったたばこの販売機を、三十年間一度も使わないまま解体したという。黒いパッケージに金で印字された高級そうな箱がぽろぽろ出てきたと聞いた。話のついでにひとつもらってみたが、黒糖のような香りがある以外はほとんど新品と変わりがないのが意外だった。


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店では小さなタイルに少しずつ炒飯を盛って出してくれる。それが皿代わりで、コの字のカウンターは隅から隅まで客でいっぱいである。食べ終わってアーケードの中を通っていくと、どこで間違ったのか何度も同じ広場に出て、錆びた立て看板の地図をじっくりと見ることになった。通りすがりにコンビニでジャスミンティーを買う。


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おばけサボテンに次々に花が咲くのを、小学生たちが目と口をまん丸に開けて見ている。みんな鯉のような顔なので気味が悪いなと思っていたらどこかに行ってしまった。道に生ゴミが点々と落ちて、サボテンの花に夕日が照り映えているのが眩しかった。その下を人の乗っていない自転車が素早く走り過ぎた。


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出先で雨に降られて傘を買った。葡萄も買った。公園は通り抜けられると思っていたのに現場検証のようなことをやっており、すぐに元の道に引き返した。結局、生き死にのことなど何もわからない。玄関を開けて上着と靴下を脱ぐ。葡萄を冷蔵庫にしまう。蛍光灯の光。どこまでも。


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井戸蓋の上に料理が並べてあるのを順に片付ける。酒の瓶もいくつかあった。足元には小さな流しがあり、そこで箸や皿を洗っていると隣の人とも話が弾んだ。夏なのに柳の蔭は風が通って涼しかった。死んだ人も驚くほど元気で、次の場所のことなど話して楽しかった。


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竹藪のほうに回ってみると大勢集まっていて、皆スマホやカメラを頭の上に向けて写真を撮っている。よく見ると竹は煙で霞んだように白い。百年に一度の竹の花が咲いているのだという。あちこちに小さな売店まで出ていて、歩きながら湯呑で甘酒を飲んでいる人もいた。色とりどりの風車がくるくると回っていた。







自由詩 柳蔭日記 2020.7 Copyright 春日線香 2020-08-09 07:11:47
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