魔の清算 1(対話編)
アラガイs


音もなく頑丈な扉を開き、入ってきたのは見覚えのあるような皺だらけの中年男性だった。
署長自らが直々に連れて来たので位の高い人物なのだろう。署長は軽く会釈を済ませるとわたしを指さしてすぐに出て行った。
 ‥遅かったな‥
この一言が何を意味するのか。不穏な薄笑いを浮かべてわたしの前に座る。この男の横柄で不気味な態度から大凡性格的な察しは着いた。狭い部屋の中から逃げるように足下に這い出してきた虫。ぐしゃり‥と驚きもせずに平気で踏み潰せるという。まるで謀りごとのように結果を冷静に判断できる余裕と残忍性を持ち合わせたような男である。皺を曳きながらその細く吊り上がる目頭の奥に鋭く光るもの。一度喰らいついたら息の根を止めるまで離さない強かさ。切り裂いた皮から内蔵のひとつひとつを抉られるように響く重低音な問いかけ。吐き気が喉に詰まり爆発しそうになる。これは悪夢なのか。空を見上げる海蜥蜴がわたしに問いかけてくる。これほど不愉快な人相の持ち主が世の中には存在していたのだ。一億キロと距離を保ちじっと眼を伏せていたい顔立ちの男。緊張からくる冷たさか、背筋の脈も針金に張っていた。
   ‥どこかでお会いしたことがありますかね。 わたしは恐る恐る尋ねてみた。
‥いや、はじみてだよ。きみに会うのは。だがね、ずっと前からこうなるとは思ってたんだよ。‥いつかきみは必ず私の所へやって来るだろうとね。男は横向きになり大きく脚を組み替えるとポケットの中からメモ帳を取り出した。薄笑いをする度に、顔に刻まれた深い皺が答えを導き出していた。
‥‥あのとき、どうして君ら、いや、きみは我慢できたのか、とね。結局その我慢は何も応えてはくれなかったわけだ。  逆にその勇気の無さをきみは一生問われ続けることになってしまった。 以来ずっと逃げるように我慢を強いられる結果になる。 結局は同じことだったんだよ。あのときの辛抱、我慢強さはね。 弱さからくる勇気の無さだったんだ。
この男は一体何を言っているのだろうか。いつの出来事のことを。 怪訝な素振りを見てとったのか男は続けた。
‥‥‥覚えているだろう?少年の頃、高校生の、きみらが17才の誕生日を迎える年の春先。あの薄暗い公園での出来事を。  男は手のひらを何度も返しては手相を眺めていた。
‥出来事? 出来事って、 ひょっとして喧嘩をした‥‥?。 何故あのときのことを、この中年の男(果たして刑事なのだろうか?)知っているのだろう。
‥‥‥そうだよ。あのときの喧嘩だよ。きみらは何人居たのかな。相手は確か二人だった。覚えているだろう?  まあ、喧嘩というよりも一方的にきみらが殴られた。しかし手を出さなかったんだな。きみらは。人数も勝ってたのに。いや、出せなかった。 それは、どうしてだい?  
       狐に憑かれたような、いや、わたしの背後に纏わり付いてきた悪魔が、記憶という画面を通して何かを思い出さそうと企てていた。








自由詩 魔の清算 1(対話編) Copyright アラガイs 2020-07-28 01:54:28
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