ブナ林にて
山人
林床にはブナ林特有の雑木が生え
そこを刈り払い機で刈っていく
すさまじいヒグラシの鳴き声の海が森を埋め尽くし
私たちの耳に、錐もみ状に刺さっていく
急な斜面を足場を作りながら雑木を刈る
不安定な姿勢で木を刈るには、呼吸を止めたり
うぐっ、と呻いたり、荒い息と、とめどない汗と
頼りない臓器と折り合いをつけて仕事をする
後方を振り返るとそこに道ができている
ザックから水筒の水をむさぼり飲めば
いくぶんヒグラシの声は和らいでいた
午後三時に標高は八〇〇を超え
上司の一声で乳白色の霧が漂う雑木の中で休んだ
彼とは一〇年来の関係だが、特に変わり映えなど無く
互いに引き合うものもなく
昨日はただ、二人だけで仕事をしていたのだった
いつもに増して饒舌な彼は
くだらない話題を口にし
それに呼応しながら
私もつまらなすぎる人生を嗤った
霧は深くなり、やがて小雨から本降りの雨となった
急傾斜地の刈り上げた道をふたたび下ってゆく
午後からおろしたスパイク長靴は
とても良く土に食いついた
やがて雨はズボンのすそを通り
長靴の中まで侵入したころ
私たちは車のところに着いたのだった