「言葉にならないなら、無理しなくてもいいよ。だって海にならないからって、水は流れるのをやめる?」
サクラソウという名前の花を買った。帰り道に食材を買いに寄ったホームセンターの見切り品コーナーで、その花は、申し訳なさそうに売られていた。
家に帰るとすぐにそいつを窮屈なビニールポットから救い出し、多少なりともマシなプラスチックの鉢へと移し替えてやった。なみなみと注がれた水がわずかにへりをつたい落ち、鉢受けをぬらした。
ぼくはしばらくその場にたたずみ、渇いた茶褐色の土が、充実した湿っぽい黒土へと変貌していく様を眺めていた。いつもより少しだけ満足している自分がいて、そのことが、ぼくにはとても意外だった。
サクラソウの根元を凝視しすぎたせいか、眼の奥が渇いてしまって痛い。だが、この渇きは単なるドライアイではない気がする。スポーツドリンクを飲んでも、この渇きは治まるどころかむしろ深まっていくことだろう。そのことを、ぼくの心は知っている気がする。
家からそう遠くない場所に時給850円の働き口があり、明後日からぼくはそこでアルバイトの仕事を始めることになっている。
長靴を履き、支給されたエプロンを付け、右のものを左に運んだり、せっせと何かを並べたり、骨折りな作業も随分しなければならないだろう。手の届かないところにいる人へ十分ではない額のお金を送るために。
サクラソウという名前の枯れそうな花が、いま、ぼくの部屋にはある。時間を掛け、慎重に、世話をすることを誰かに約束したいと思う。
よし、今のところはいい調子だぞ。
まだ見た目にこれといった変化はないけれど、ぼくにはそれが何となく分かるんだ。