蛇は何処へ
こたきひろし
夏休みの宿題なんてどうでもよかった
日中 曇天か雨天でない限り
太陽はかっと照りつけて気温は空気が焼けるまでに上昇した
粗末としか言い様のない昼食をすませると
近くを流れる川で水を浴びるのが日課になっていた
昭和の三十年代だった
その頃の子供らは一様に水着なんて持ってなかった
山あいの辺鄙な場所
まだまだ戦争の傷痕は癒えていなかった
東京から親類筋を頼って疎開していた家族が存在していた
彼らは東京に戻れないまま親類筋の家に住み着いたままになっていた
八月
けして
敗戦とは呼ばれない終戦の月
真夏
快晴の正午を過ぎると
近隣の子供らは誰もが気が昂ったに違いない
昼食を腹に流し込むと
いっせいに川に水を求めて集まった
疎開してきていた子供も
地元の子供も
女児も男児も皆下着姿だった
川原から浅瀬を歩いて上流の深みをめざした
そこは鬱蒼と樹木の生い茂る山肌を見上げる場所だった
薄暗く空気はひんやりとしていた
大きな岩があって飛び込みにうってつけだった
子供らの歓声があがる
岩のまわりは一段と水深があった
臆病な私には岩に登りそこから飛んだりは出来なかった
だから岩場から離れて水遊びをしていた
泳ぎが一向に上達しない子供だった
運動神経が極端に鈍い子供だった
それでも皆と同じように泳ぎたい気持ちはあった
その時必死に泳ぎをこころみた
途中突然足が痙攣した
慌てて立ち上がろうとした
溺れて水を飲んでしまった
命の危険を感じて声を張り上げようとしたが
喉に流れ込んだ水に邪魔された
他の子供らは岩場の回りで夢中になっていて誰も気がついてくれない
その緊急の事態に
何処からか蛇が悠々と泳ぎながら近づいてきた
蛇を人並みに人並み以上に忌み嫌っていた私は
その恐怖から逃れたくてその場に立ち上がった
身の毛がよだつ思いに追い詰められて
蛇は何処からかあらわれて何処かへと姿をけした
私は七歳
未年の産まれだった