森
墨晶
足踏みミシンと云うものは、老齢になれば大概、希む夢を視る術を体得しているので、壮年の頃の華やかな布たちとの遍歴を写真帖の頁をめくるように幾度も夢の劇場で反芻しながら陽の差し込む納戸の奥でうつらうつらと居眠りしている。
足踏みミシンもまた、「死」と云う概念と無縁な存在だ。
不死者たちには、「死」に代わる「転生」と云う選択肢があり、足踏みミシンたちの場合、鸚鵡貝の姿で夜の森を浮遊する夢想によって、一着の洗い晒しのシャツに「転生」できる。
蝙蝠傘を拡げたような星も月も視えない夜、その森では樹々の枝々にハンガーに掛かった白いシャツが揺れている。大気のなかを黄緑色に光るゴッサマーがふわふわ漂っていて、眼を閉じても、視える。
その森がわたしにくれたシャツが、キミがいま着ている、そのシャツだ。