あの日
道草次郎
夕飯の後の食器洗いは
いつもぼくの役目だったね
陽気なリズムの音楽に合わせてササッと、そうだな…例えばアメリカのホームビデオでお調子者のパパがウケ狙いでやるような感じが理想だったけど
けど、現実は真逆。その背中には義務の重たげな翼を生やしてた
歯を磨いて戻ってきた君はお決まりのありがとうを言う
それから少しして、君の部屋から見もしないバライティ番組の音が聴こえてくる
あの日、外では雪が音も無くしんしんと降っていた
君は半分あいた扉の向こうから、ぼくに色々の大切な話をしたね
色々の大切な話
そう、産まれてくる子供の学資の事やオムツの種類、ベビーベッドの必要性についてやお宮参りからハーフバースデーに使う写真のレイアウトの事まで
ぼくはびしょびしょになった手拭きタオルを洗濯機に放り込むと、棚から新しいタオルをつまみ出すところで
あの時のぼくらは、ちぐはぐだった
ある道の分岐点に案山子がいたとして、ブリキの右手は麦畑の方。左手は一本杉がはるか遠くに視える方
要するに、君は麦畑でぼくは一本杉をみていた
君がまだ西松屋の話を終えていなかった時、ぼくは新しい手拭きタオルを手に持って、次は、次は、次は何やらなきゃならないんだろうって漠然と考えていた
ぼくらのありふれた日常にはいつも道案内の案山子がいたけど、二人が別々の道を行ったらそれまでやっと保ってきたものが全て崩れてしまう
それを二人とも知っていた
そしてそれがとても怖かった
けっきょく、案山子はめちゃめちゃになぎ倒されてしまった
傷つかない別離などないんだよ、と案山子の顔は空を見上げて笑っていたっけ
あの日、外では相変わらず雪がしんしんと降っていて、あらゆるものを覆い隠してやまなかった事が、忘れられない