たったひとりのためだけのものぐさな神を引きずり出す
ホロウ・シカエルボク


青褪めて膿んだ昨日はクローゼットの右奥の隅で見事なまでに腐食した、捨てた言葉が弾帯のように連なってそのそばに転がっている、俺は聖書を読んでいた、大型電化店のセールのチラシを眺めるみたいに…激しい雨はいくつもの悲鳴を隠し、そのいくつかはなかったことになった、恨み言に化けることは無い、どうせ、無意識の退屈凌ぎに過ぎない、死のようなものがどれほど辺りを埋め尽くそうと、それは死ではない…俺の言っていることなどどうせ理解出来やしないだろう、俺はトーストを貪った、米国製のピーナッツバターと、日本製のインスタントコーヒー、洪水のニュースを見ながら、とても短い時間で…それは食事とは呼べなかった、爪を切ることに近かったような気がする、それから、オープンワールドのクライムゲームを少しの間プレイした、画面の中で死んでいく人間はあまりにも儚い音を立てた―挙句に一定の時間でかき消えてしまうのだ…それはヴァーチャルなゲームの中のヴァーチャルな死なのだろうか?そうは思えなかった、数えられる程度のパターンに分けられた、いくつものモブキャラたち…パックマンのエサと大差ない―俺はゲーム機の電源を落とした、ゲームは精神に良いという意見と、良くないという意見がどちらもまことしやかに語られている、俺に言わせればどちらも正解で、どちらも不正解だと言える…たったひとりの人間だって、数え切れないほどの矛盾を抱えて生きている、実験材料としては適切ではない、データは必ずばらつきを見せるだろう、つまり、人間のデータなど取れないということだ、科学者がいくらもっともらしい説明をつけたそうとね…科学における現象の解明など、パーソナルコンピューターの説明書と大差ない―丁寧に綿密に作成されているけれど、役に立つかどうかという点では微妙だ、そう思わないか?朝食のあとは念入りに顔を洗う―ちょっと面倒臭い話をさせて欲しい、一般的に老化だと言われている現象の大半はただ、汚れを落とせていないだけだ―いいからいつもより少し時間を掛けて洗ってみて欲しい、俺の言っていることが理解してもらえるはずだから…ささやかな答え…そう、そういったものの集合が、ひとつの進むべき道を導き出す、そこにはジャンルなどない―精神の燃料は様々な刺激のブレンドだ、そうでなければすべてのエンジンを上手く回すことなど出来っこない、ひとつ減れば、ひとつ排気管が死ぬ―すべての機関を意識させて、なるべく同時に稼働させなければならない、一度動かなくなった箇所は、もう一度動かそうとしてもどうすればいいのかほとんど理解出来ない…もしかするとそのまま一生、息を吹き返すことはないかもしれない…ポジションだ、ポジションをきちんと理解することが大事なんだ、昔俺にとってそれは、たったひとつの大きな塊みたいなものだった、けれど今は、それが無数の小さな粒によって形作られていると考えている、拡大するか、縮小するか―それは結局同じことなのだ、ただ、同じものを作り上げようとするときに、違うテーマを持って行うことが必要だという話だ、でなければ、物事の成り立ちというものは上手くとらえることが出来ない、断片的に、整理して、ひとつの点だけを見つめるようにすればまるで違うものを作ることも可能だろう、でも俺が話したいのは、一粒だけ選り分けられた土のことなどではないのだ、全体性―この言い方は正しくない、なぜならそんなものについて語るのは不可能だからだ―ただし、他に適当な言葉も見つからないのでね…ひとつの言葉がひとつの意味だけを語るわけじゃない、無数の言葉が作り出すいくつものイメージ、その集合体…限界まで引き摺り出されたものたちのなれの果て、俺が語ろうとしているのはそんなようなものなのだ―なんのためかって?それはたぶんあんたと同じ理由だよ…そうすることによって俺は自分の内奥へと強烈な光を当てることが出来、そしてそこになにがあるのかを見つめることが可能になる、そうして整理されなければならない、ちょっと考えてみて欲しい、こんなものを定期的に吐き出さなければならないような人間がいったいどんなものを抱えているのか…いや、別に自慢とかそういう話がしたいわけじゃないんだ、ただそうやって語ってみることのひとつひとつが、漠然とした理由のようなものになればいいなと考えているだけなのさ―そして俺は、これは決して大袈裟な話なんかじゃなくて―こうすることによっていままで生き永らえることが出来たんだ、だけど、そうして―そうして生き永らえた先に、いったいなにがあるっていうんだろう?もしも、ろくでもないものだけが待っていたとしても、そうだな、指先だけは動かせるようにしておいて欲しいものだけどね…。



自由詩 たったひとりのためだけのものぐさな神を引きずり出す Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-07-07 05:40:43
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