踊ろう、マジな月の下で
ホロウ・シカエルボク
名もない
小さな舞台で
見すぼらしい役者が
2、3の台詞を与えられて
得意になって喋っているが
表現は容姿と大差なく
筋書きも
よくあるつまらないシロモノだった
俺は心底まで退屈していた
この演目に
最後まで付き合う気にはなれないだろう
「やっている」というだけで
関わっている誰もが満足している
20時間見つめたって
得るものはなにもないだろう
拍手が欲しいなら
それなりのものを用意するべきだ
数年前のデヴィッド・ボウイ
80年代のヒットソングを歌っていた
長い髪を始終横へやりながら
煙草を吹かし
面倒臭そうに
彼は果たして
もうすぐ死んでしまうことを理解していただろうか
(それにしてもなんて色気だろう、勃起した男根がそのまま蛇に化けたような動きだ)
雨の中で
雨のような音楽を聴いていると
世界がスピーカーに飲み込まれていくような気がする
なあ、信じられるか
近頃は
耳に突っ込むことでしか音楽を聴いたことがない連中がごまんと居るんだぜ
やつらは知らない
それが
空間を支配するときの快楽を
スーパーマーケットで面白半分に
スタイルのいい女を尾行した
そして
まるでくだらない動画みたいに
国産の牛肉を万引きするところを目撃した
「マジかよ」と
つい声に出してしまい
女は俺を見て真っ青な顔をした
そして牛肉をカゴに出して
きちんと金を出して店を出て行った
俺はなぜかホッとして自分の買物をすませ
店を出たところでさっきの女につかまった
しばらくの間
女は黙って俺のあとをついてきた
そいつがなんでそんなことをしているのか
俺にはなんとなく想像がついた
だから
わざと人気のない通りを選んだ
そして
潰れたビルの1階の駐車場で休憩する振りをした
女はゆっくりと近付いて来た
「ねえ」「さっきのこと黙っててよ」
「心配ない、誰にも言ってない」俺は女を見ずに答えた
「お願いだから」声が震えていた
奇妙だった、俺は女を見た
本当に怯えているようだった
「なんでもするから」
「必要ない」
「お願いだから」彼女は俺のズボンに手をかけた
「マジかよ」と俺はまた言った
「おひつかふぁいもの」と女は言い訳した
で、まあ
さっきよりは真面目に
黙っていてやろうという気にはなった
女は気が済んだようで
意気揚々と帰って行った
俺は本当に休憩をした
家に帰って夕食を取り
やたらと皆が距離を取りながらはしゃいでいるテレビ番組をぼんやりと眺めて
飽きてシャワーを浴びた
モノを洗うときにあの女のことを思い出した
あいつは見られるたびにあんな真似をしているのだろうか?
案外そっちの方が目的だったりするのかな
綺麗な唇がかぶれなきゃいいけどね?
でも、きっと
いつかはそうなってしまうだろう
いつだってクタクタに疲れていて
欠伸だって何度も溢れてくるのに
どういうわけか眠りは訪れてくれない
そんな夜がもう何日も続いている
夢のない夜
ベッドは寝返りの練習場になる
そして
これまでを考える場所に
いつのまにか
思い出せないことがたくさんになるくらい歳をとった
生きてる感じじゃ
特別なにかが成長したとか
老けたとかいう感じはなく
相変わらずなにもかもが雲を掴むみたいで
ともすれば多少いらだちもするが
そうだな
どこかしらそんな毎日にも
楽しみを見つけるくせがついた気がする、いつからか
もしかしたらそれが
歳をとったということなのかもしれないな
安い舞台にマジになる気はない
ボウイはこう歌ってた
踊ろうぜ、踊るんだよ
マジな月の下で
明方に見た短い夢は
いつだって書き留めておきたい面白さに満ちている
その世界にはきっと
本当の意味で俺しか生きていないせいだ