赤く塗れ
ホロウ・シカエルボク
部屋の中で雨が降り続けているみたいに思えるのは、俺の血が滴り続けているからさ、いや―自傷趣味や頸動脈切断とか、そういう類の話じゃない―俺の血はいつだってこんなふうに、行場を失くして沸騰して飛び出したがっているのさ、なにも特別なことなんかじゃない、昔は…自分は少し異常な人間なのではないかと感じたこともあった、けれどそうじゃないんだ、俺はいつだって、俺自身の人生にこだわり続けているだけなのさ―適当なものに乗っかって知ったような顔なんて出来たことがないしやりたくもない、それだけさ―その、活火山のような欲望のことが理解出来ないうちは結構な苦労をした、周囲に居たのはいわゆる一般的な―常識的な、ではない、念のため―一般的な成り立ちを何の苦労もなく受け入れて生きていける、器用な人形みたいな人間たちばかりだったし、そして俺はそうした人間たちとも分かり合えるとどこかで考えていた、でもそんなこと出来るはずがなかったんだ、それは俺の中に残っている悪しき風習のひとつだ、どんな人間が相手でもとりあえず言葉をこねくり回せばなんとかなるんじゃないかと考えてしまう―けれどそんなことは無意味なんだ、彼らにはなにが真実かなんてどうでもいいことなんだから…たくさん思考を積み上げて、その上でどんな景色を見たか、なんて話は、彼らにはどうでもいいことなのさ、彼らはただただ自分が正しいことにしておかないことには納得出来ないみたいなんだ…それに見合うだけの人生なんかこれっぽっちも歩んでないにもかかわらずね…そういう人間は危険だよ、たとえばここに何が書いてあるのかなんてまるで理解出来ない…なのに、理解しているかのような口をきいてみせるのさ―不思議だよね、暑中見舞いくらいの文章しか書いたことなさそうな連中だってそうなんだぜ―まあそんなことはどうでもいいんだ…この血についてどんなふうに話をすればいいのか、この血をどんなふうに語ればいいのか…俺はいつだってそんなことのために脳味噌を掻き回してる気がするよ、ん、意味?意味―いや、たぶんさ、そうした答えを求めたい気持ちなんてものは俺にも理解出来るんだよ、気取った言い方をすればレゾンデートルみたいなことだろ、でもね、存在意義なんてものはないんだよな、たぶん…ボートひとつで海に出てさ、俺はきっとこっちへ漕いでいくべきなんだ、なんて、そんなこと言ってたら馬鹿だと思うだろ…人生ってそういうもんだと思うんだよな、大海の中でたったひとりで漂うんだよ、あっちへ行きたいと思って必死に漕いでみたって、潮の流れが違うほうに向いていれば、力を抜いてそっちに委ねてみる方が自然だってことなんだ―エンジン?エンジンを抱いて生まれてくるやつなんか、居ないだろ、俺は人生の話をしているんだぜ…要するにさ、人生ってのは、航海日誌みたいなもんだろ、天候や気候や気温、波の状態、太陽の向き…そういう記憶されたもののひとつひとつを持って、次に来る日をどうやって迎えるのかということだろう?どちらの方角へ行って、どんなものを見るのかなんてどうだってかまわないんだ、本当はね―大事なことはつまり、その中でなにを見て、どんなことを考えたのかって、そこだけなんだ、出来事を簡単に片づけない、そこにどんなものが見えたのか、どんなものを得たのか、あるいは失ったのか―そういうことを逐一考えていくことだと思うんだ、そうすればそこにプロセスというものが生まれる、次に同じようなものを目にしたとき、それを知ることが少し楽になる、比較対象として存在出来る、というのかな…そんなに異なる景色というものは存在しないからね、きっと海外に移住してみたところで、そこには人間が居て、社会を形作ってるに違いないんだから―出来事はありふれた、ちょっとしたことでいい…大切なのはそのことを、目の前をただ過ぎて行く流れとして片付けないことだ―結論はひとつだけなんてありえないことさ、すべての出来事は多重的なんだ、ただ、どうしたってそれをひとつにしたいやつらがうようよしてるってだけなんだ、いいかい、奇をてらう必要なんてない、爆弾で死んだりしなければ詩人として報われないなんてことはない、ひとつの出来事に数行のフレーズを当てはめることが出来れば、そいつは詩人としちゃ上出来の部類だ…放っときゃあいいんだよ、ただ同じところをぐるぐる回っているだけのやつらなんてさ―彼らは一見凄いスピードで歩き続けているように見える、激しく腕を振っているからね…だけど見てごらんよ、わざとかどうか知らないけど、自分の立っている場所からは一歩も動こうとしていないんだ…俺は蝿をはらいながら次の行を探す、求めよ、さらば―。