ソファで夢みるように三月のわたしは鍵をあけた
かんな

三ヵ月前に母に送ったてがみをゴミ箱に捨てた
いま、どれほどの痛みに横たわったのか
いくつかの記憶にいくつかの窓、いくらかの空といきばのない言葉
ぽっかりと浮かぶ月からあふれ出した涙と
「助けて」が空中分解をくりかえす

天空の城ラピュタのムスカならいったのかもしれない
こころがゴミのようだ。捨ててしまえれば楽だ
おまえは誰だ。死んでいけるほど強くもないんだろう
生きていけば夕暮れにながした涙の跡など
湿り気を帯びた夜の空気と寝室のドアの閉まる重低音に挟まれて
あっという間に消えてしまうのだから

理不尽なほどにわたしを愛してくれました。
ありがとう。母ののぞむ言葉が星空になんと美しく輝くのだろう
きらきらして、きらきらしてるから、虫の音に耳を研ぎ澄ます
それはあの日のラジオなのか、早朝五時の電話なのか、祖母の死を知らせる
三月に取り残された母の、力尽きたこころがふわりと生ぬるい風にまいあがり
ペーブメントにいとも容易く叩きつけられた

 ーもう、行ったきり、戻らないんだ。

子どもとして生きつづけるための解釈の柱がそびえたつ
いくつもの壁にいくつもの窓、いくつもの嘘、いくらかの希望
たとえばガウディなら
たとえばサクラダ・ファミリアなら、長い歳月の果てに完成の日を見たのだろう
神を信じたのではない、ただわたしを信じた
そしてバベルの塔の崩壊のごとく、わたしもろとも崩れていったのか

空っぽのわたしが海の底で眠っている。
木の陰で息をひそめている。かがんでいる。足を痛がっている。泣いている。
疲れている。マグカップでコーヒーを飲んでいる。
薄手の毛布にくるまっている。きれいな日本語を話している。
三面鏡に向かって暴言を吐いている。煙草を男に渡している。
夢を見ている。空を飛んでいる。いつものように飛んで、そして落ちていく。
バケツに生首を入れて運んでいる。
逃げる逃げる逃げても逃げても逃げきれずに、

 ーようやく、朝がきていた。

わたしと十七歳のわたしとが祈りのような言葉を交わす
いったいどこに流れていく。もう幸せを歌って暮らしていけばいいだろう
わたしの人生も、誰かの人生と、手と手を、手と手を重ねるほどに
真っ暗な夜道を歩いていても
かき集めてすくい上げて抱きしめて、叫べばいいだろう
きっと愛すれば、その愛ゆえに苦しみ、その愛ゆえに苦しめてしまうのか
玄関前のプランターに水をあげるように、ただシンプルにただやわらかに
ただ思いやりをそっと、傍らに置いていく日々を


自由詩 ソファで夢みるように三月のわたしは鍵をあけた Copyright かんな 2020-06-21 06:35:24
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