道楽者
ただのみきや
本能は満たされる
理性は
果てしない貪りへの扉である
錬金術師のように
どんなものからでも美を抽出する輩がいる
彼が対象に魔法をかけているのか
見ている者に魔法をかけているのかはわからない
おそらく己に魔法をかけて
まわりを巻き込んでいるのだろう
裸の美に憑依された者は生贄の女王
贄でありながら捧げられる神々に崇拝される
姿なきものの顕現として輝き
燃え尽きる花びら 灰にはなにも残らない
ただ詩や絵画の中に影を残す
やがてそんな模倣が美の本体と成り代わる
そうして超がつく高級料理
美味いという前提で解説される
庶民には手の届かないものとして
『いつか活造りの神話を食べてみたいな
『女神ってきれいな娼婦みたいな感じかしら
晴天の雲雀は美しい狂気
絶え間なく降り注ぐ鋭い音節
彼らはいつも異言で語る
意味もなさずに恍惚と
遊離した預言者の魂
現代人が病と名付ける古代人の幻視
一枚また一枚と新たな苦痛の膜を破るよう
だが雲上の都に至ることはなく
小さな胸や頭に渦巻く霊気が抜けると
地上へと舞い戻る
イカロスよりも上手く
そうして枯草色の隠者は
断食明けの面持ち
自分を待つ巣を思い出す
だが天と地は接している
ふと また雲雀は落ちて往くのだ
己が霊の真中
輪郭のない光源へ
着くずした着物からうなじ
蛇行した時間と時間の接する辺り
詩人より
詩人の業が残した言葉が怖ろしい
祟りも呪いもしないが
感染して不治の病を引き起こし
ひとりひとり異なる変異を遂げる
浮かび上れば三日月湖
風の即興 叢に囲まれて
町を造る材料を探して歩く
わたしはわたしを拾い集める
絶えずバランスを崩しているから
絶えずバランスを取ろうとするのか
変えようのない重心がグラついて
世間の愛撫を求めて愛嬌を見せる
重心なんて忘れてしまえたら
どこかへ転がって往けるだろうか
その男の子と女の子は溶け混じり一本のロウソクになった
見つめられると静脈色の模様がタトゥーみたいに浮いて来る
境目なんてないのに相手を意識してしまう自分
そんな孤独が闇へと滲む
灯されたロウソクは
青い霊魂を橙色のいのちの揺らめきに包み
部屋の中を空ろで内省的な惑星に変える
影たちは神話の外縁に立つ巨人だった
いのちの上澄みは虚空を炙り時間の腹を拷問する
たとえいのちが尽きるまで続けても口を割ることはないだろう
羽虫のように惹きつけられて瞳は
炎の中に海を見る
ひとつの まだ腐乱していない死体が白く漂っている
ほとんど色の抜けた唇が微かにひらく
どうしようもなく唇を重ねたくてカモメになった
炎の中の海へ 一塊となって沈んで往く
声にならないまま還る歌のように
吐息がいのちを消し去れば 熱も煙も残りはしない
たとえなにかが残されたとして
もう闇と不可分 沈黙の口に仕舞われたきり
やがて完全密閉されて光を洩らさない
人は幻灯器になる
鍋いっぱいの静けさが音も無く煮立っていた
わたしたちは無言の会話に溺れた死体なのだ
網戸から風が吹き込むと
書棚の本たちが一斉に笑い出した
幼い頃にアクアマリンを飲み込んだ
あなたは海より空を愛している
食卓を一匹の百足が歩きまわる
それは薄められた精液から生まれたものではなく
古い詩篇から抜け出した女王
痛点もなく爪繰られる隠喩の連鎖であり
紅茶に映った白鳥を殺すための短刀だった
ブラウスの飾りボタンを外す
――指がない
発火するリンゴ
またひとつ バベルが崩壊する
ことばと非在
負債のあやとり
わたしはつり合うことのない天秤
楽園の中央の二本の木の
重なり合った一つの影
《2020年5月24日》