こたきひろし

嫁入り道具の鏡は夫婦の寝室の隅で埃を被っている。
女がもっぱら使うのは手鏡

手鏡に写すのは何も首から上ばかりじゃなかった
時には股間の様子も鏡に写して見た

それは大概夫婦の営みの後だった

「どうにかなってるのか?」
男が心配顔で訊いた
「だいじょうぶだよ。何ともなってない」
女が答えた

それは昨夜の事だ


女は一番に男の耳元で甘く囁いた
吐息をかけるみたいに
「ゆうべも良かったよ。素敵だった」

女は遅く起きてきた
男は先に起きて朝食を用意した
「ごめんね。起きられなくて」
女は謝罪を口にしたが家事は苦手だった
その分男は料理が得意で好きだった

人生に零から始まるものは何もなかった
それは
人生に限られてばかりはいない

万物にも零から始まるものは何もなかった

なのでなんびとも何事においても
一から始めなくてはならない

男と女が愛し合う場合も段階と順序が用意されなくてはならない

興奮は高め合わなくてはならない
お互いの体の隅々まで行き渡らせなくてはならない

嫁入り道具の姿見は埃を被っている
女がもっぱら使うのは手鏡だった


自由詩Copyright こたきひろし 2020-05-14 23:36:23
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