ぽっかりと空いた穴みたいな時間
ホロウ・シカエルボク


緩い傾斜は右へ左へと度々方向を変えながらその頂点へと続いている、俺の脳裏ではマーチング・バンドの隊列が知らない曲を演奏しながら練り歩いていた、演奏はあまりにも楽譜通りで―大病院の会計で知らない誰かが名前を呼ばれているのを聞いているのと大差なかった、数年前にホームセンターで買ったスニーカーが悲鳴を上げている、安物は継目から壊れていくとしたものだ、覚えておくといいよ、これはどんなものにも当てはまることだから…歩き始めた朝には晴れていたのに、正午近くなって途端に空は真っ暗になった、夜になるタイミングを間違えたのかと思うくらいに、黒雲が立ちこめて、誰も居ない狭い道はたちまちホラー・ムービーのような様相を呈した、マーチング・バンドは能天気に演奏を続けていた―ハイド・パーク・コンサートのミック・ジャガーの演説が頭をよぎった、でもそれがどうしてなのかは分からなかった、どうやらこちらのほうも、いろいろなタイミングに狂いが生じているらしかった、けれど、そんな狂いは俺としては別にいまに始まったことじゃなかった、俺の意識は頻繁に脱線する、脱線して、そこでエンジンが壊れてくれればまだいいが、そのまま無軌道に走って行ってしまう、縛りが無くなったせいなのか、速度もだんだんと上がっていく、その時俺の身体は、金縛りにでもかかったように微動だにしなくなってしまう―だから俺は、思考を妨げないような単純作業ばかりを選んで生きている、自分が飛んでしまっても、決まった動きを繰り返していれば出来るようなものばかりを…おかげでどんなトラブルを巻き起こすこともなかったが、そのせいで意識の脱線は年々派手になっていった、酷い時は半日余り、現実の中で生きていないこともあった、それも、断続的にではない、延々と、数時間続くのだ、現実に帰ってきた瞬間には、幽体離脱でもしていたかのようにぐったりと疲労してしまう、まあ、実害と言えばそれぐらい、だから、文句は言うべきじゃない…だから俺は、仕事がない日にはこうして手近な山に登り、人の居ない場所で意識を自由に飛ばす、じっとしていればダメージはない、俺は凧を上げているかのように、中空を見上げてじっとしている、この山の頂上を超えて、向こうがわに少しだけ下りたところに、忘れられ朽ち果てた展望台がある―なぜ頂上に作らなかったのかって?なんでも昔は頂上に地震観測所があったって話だ、でも俺がこの山を知ったころにはすでに建物すら残ってはいなかった、地元の人間に聞くと、数年前までは廃墟化したそれに暇を持て余した若者が時々潜り込んで様々な問題を起こしたらしい、それで、取り壊されたということだ、まあ、展望台が頂上じゃなくても景色を見るには困らなかったそうだ、その展望台に目隠しをするかのようにタワーマンションが建つまでは…そして価値が無くなった展望台は放置され忘れられた、いまでは草木に隠れてなにを見ることも出来ない―妄想の邪魔にはならない、むしろやりやすい―草を掻き分けてベンチに辿り着き、腰を下ろす、もう少しすると虫が湧いてじっとしていることは難しくなる、夏場は少し田舎の海までスクーターで走り、テトラポッドに座る、遊泳禁止、立入禁止の端っこの唯一入ることが許された場所、そんな場所で人に会うことはまずない…それはともかく、展望台で意識を飛ばし、戻ってきた時には夜になっていた、帰れない、と初めてそうなった時には思った、いまではマグライトを持ってくるようにしている―夜の山、それも人気のない―となると、ヤバいものに出会うんじゃないかと思うやつも居るだろう、でも俺はそんなこと問題にはしない、だって、俺も半分幽霊みたいなものだから…忘れられた展望台、あまりリアルの中に居ない人間―人ならざるもの…どれだけの違いがある?もう享受していることとはいえ、それでもこんな夜に強烈なマグライトで道を照らしながら歩いていると、こんなことになんの意味があるだろう、って考えることがある、別に真っ当なものや、確かなものに憧れがあるわけじゃない、それはチャンネルが合うのか合わないのかという程度の違いだけで、基本的には同じもののはずだからだ、こんなことになんの意味があるだろう?意味を求め続けても意味なんかないことはわかっている、ある程度、流れに従って生きることの方が大事だということも分かっている、だけどたまにこうして、ぽっかりと空いた穴みたいな時間の中に居ると、どうしたってそれを埋めなくちゃいけないような気がしてくるってもんじゃないか?ああ、と俺は星を見上げた―こんな日は、家に着くまでが凄く長く感じるんだよな。



自由詩 ぽっかりと空いた穴みたいな時間 Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-05-14 21:44:19
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