黒ヒョウの家
やまうちあつし

近所に黒ヒョウの家がある
比喩とかたとえではなくて
実際に居住している
屋外に出ることはない
あくまで家の中だけだ
時折窓の内側に
黒いネコ科の横顔や
しなやかな毛並みがちらりと覗く
二階の窓には
ひらひらと揺れる尻尾まで
近所の者は驚愕し噂する
こんな住宅街に非常識だ
万が一のことがあったらどうする
不思議とトラブルはない
鳴き声による騒音や
野生動物の臭気がすることもない
町内のルールも守る
ゴミは分別してあるし
回覧板も滞りない
けれど風紀が大事
道義的にはどうなのか
と議論に議論を呼ぶ
保健所に電話をしても
なにも異常はないからと
今は疫病が流行していて
それどころではないと
にべもない
こうなったら町内会長の出番
我らが町内会長は
弁の立つ若輩者
何より
子どもらの安全を
守らねばならない
住民たちに後押しをされ
町内会長は立ち上がる
なあに話せばわかってもらえる
何も戦いにいくのではないから

家人が差し出すスタンガンこそ持たないが
娘の赤いランドセルから
不審者用の防犯ブザーをこっそり借りた
町内会長は波打つ胸を押さえて
件の家のブザーを押すも
返答はない
ここであっさり引き返しては
二丁目を束ねる長の名がすたる
生唾を飲み込み
玄関を開ける
音もなく開く扉
その向こうには
湿った匂いを漂わせ
うっそうと生い茂る
密林


自由詩 黒ヒョウの家 Copyright やまうちあつし 2020-05-09 17:50:14
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