金のすもも
愛心

昔々ある一人の若者が国中を旅して回っていたところ、金のすももを鈴なりにつけた樹を見つけた。

若者はその美しさに夢中になり、たったひとつだけその金のすももをもいでしまった。

それを見つけたのが、その樹の持ち主であり、地主の娘だった。

娘は若者を咎めたが、素直にすももを娘に差し出し誠心誠意謝る若者に心を打たれ、三つの願いを叶えてくれれば、父には黙っておいてやるし、もいだひとつのすももも、あげようと取引を持ちかけた。

若者は少しだけ躊躇ったが、承諾した。



一つ目の願いは森の奥の湖で無くした青いダイヤの指輪を探して欲しいというものだった。

若者は、言われた通りに森の奥に向かい、そのうちに、広い、深い青を湛える湖を見つけた。

若者が湖の周りをぐるりと一周すると、太陽が一番高いところに昇ってしまっていた。

あまりの広さに肩を落とし、膝をつくと、若者の目の前に大きな腹を抱えた魚が顔を出してきた。

若者の様子を不思議に思った魚が何があったのか尋ねると、若者はひとつめの願いのあらましを伝え、頭を抱えた。

魚はにんまりと笑うと、取引を持ちかけた。

貴方の口の中で一晩過ごさせてくれるなら、指輪を見つけてきてあげる、と。

若者は少しだけ躊躇ったが、了承した。

日が落ちる頃、若者はたっぷりと湖の水を口に含み、魚を受け入れた。

魚はしばらく泳いだ後、満足したように大人しくなった。

若者は一晩中口を開けて、星を数えて夜を明かした。



明朝、湖に口内の水を吐き出して、若者は驚いた。

産まれたばかりの沢山の小魚達が母魚を中心に泳いでいたからだ。

母魚は若者に礼を言うと、小魚と一緒に水底深く潜っていった。

若者はしばらく座って様子を見ていたが、いつのまにか眠ってしまった。

太陽が一番高いところに昇った頃、若者が目を覚ますと、目の前に青いダイヤの指輪が置かれていた。

また、何か困ったことがあれば呼ぶように、魚は若者に声をかけた。

若者は魚たちに感謝を告げると、娘の元へ戻った。



娘は澄ました顔ですももの木の下に座っていたが、差し出された指輪を見た途端、驚いてあんぐりと口を開けた。しばらく訝しげに眺めていたが、探していた物だと納得したのか自身の薬指に嵌めた。

美しかった娘は、より美しく輝き、若者がそれを伝えると娘は満足げに微笑んだ。



二つ目の願いは麦畑で無くした金の鎖の首飾りを探してほしいとのことだった。

案内された麦畑の周りをぐるりと一周すると、太陽が一番高いところに昇ってしまっていた。

あまりの広さに肩を落とし、膝をつくと、目の前に傷だらけの老いた狐が現れた。

若者の様子を不思議に思った狐が何があったのか尋ねると、若者は二つ目の願いのあらましを伝え、頭を抱えた。

狐はにんまりと笑うと、取引を持ちかけた。

貴方の腕の中で一晩過ごさせてくれるなら、首飾りを見つけてきてあげる、と。

若者は少しだけ躊躇ったが、了承した。

日が落ちる頃、若者は膿んだ傷の臭いと、様々な体液を垂れ流す狐を抱き上げた。

狐はしばらく鼻を鳴らすと、満足したように大人しくなった。

若者は一晩中狐を撫で、麦を数えて夜を明かした。



明朝、腕から跳ね降り、伸びをする狐を見て若者は驚いた。

狐の傷が綺麗に塞がっていたからだ。

老狐は若者に礼を言うと、麦畑の方に走って行った。

若者は汚れた服を小川で洗い、乾かしていたが、いつのまにか眠ってしまった。

太陽が一番高いところに昇った頃、若者が目を覚ますと、目の前に金の鎖の首飾りが置かれていた。

また、何か困ったことがあれば呼ぶように、狐は若者に声をかけた。

若者は狐に感謝を告げると、娘の元へ戻った。



娘はすももの木の下で、澄ました顔で座っていたが、差し出された首飾りを見た途端、驚いて、あんぐりと口を開けた。しばらく訝しげに眺めていたが、探していた物だと納得したのか自身の首に掛けた。

すでに美しかった娘は、より美しく輝き、若者がそれを伝えると、娘は頬を染めた。



三つ目の願いは、満月の夜に現れる人食い熊を退治して欲しい。というものだった。

流石の若者も、この願いにはたじろいだ。娘は若者を倉庫に連れていくと、この中の物は何を使って貰っても構わない。と、戸を開いて見せた。

そこにあったのは大小様々なナイフに、銃に、弓矢。武器庫と呼んでも差し支えなかった。

若者は使ったことのある猟銃と、よく切れそうなナイフを二本、手に取った。

今まで沢山の若者が人食い熊と戦い、その度に返り討ちにされてしまっている。と、娘が悲しそうに呟くと、若者は娘に向き直り自信たっぷりに微笑んで見せた。

必ず倒して見せる、と。若者は娘のことが好きになっていた。



若者は武器を持ち、娘に安全な所に居るように伝えると、森の奥の湖に駆けて行った。



魚 魚よ。僕の口の中で眠り、赤子を産んだ母魚よ。出てきておくれ。助けておくれ。



若者の歌声は湖の縁から水底へ、波紋の形を成して届いた。忙しない水音と共に母魚と小魚が現れた。



どうしたの、若者よ。



明日の夜、人食い熊が現れる。退治する良い知恵が欲しい。



若者の言葉に、魚はしばらく考えていたが思い出したように水底に潜り込むと、月のように白い大粒の真珠を咥えてきた。



この真珠は魔法の真珠。

月が出ている夜に口に含んでおけば、その間は引き裂かれようが殴られようが痛みも傷もない。

ただし、夜明けには吐き出すんだよ。さもなければ、夜に受けた痛みや傷が戻ってきて死んでしまうから。



礼を言い、真珠を受け取った若者が、次に向かったのは麦畑だった。



狐、狐よ。僕の腕の中で眠り、傷を癒した狐よ。出てきておくれ。助けておくれ。



若者の歌声は、金の稲穂を揺らし麦畑全てをさざめかせた。軽やかな足音と共に、老狐が現れた。



どうしたの、若者よ。



明日の夜、人食い熊が現れる。退治する良い知恵が欲しい。



若者の言葉に、狐はしばらく考えていたが思い出したように麦畑に駆けると、琥珀色の蜜がなみなみと入った壺を抱えて戻ってきた。



この蜜は魔法の蜜。

一口舐めれば陽気になり、二口舐めれば悲しくなり、三口舐めれば踊りだし、全て舐めれば眠ってしまう。

これを人食い熊にやりなさい。

全て舐めさせてから、退治するんだよ。



礼を言い、壺を受け取った若者はすももの木の下まで駆けた。

根元に壺を置いてそのまま木に登り、枝の隙間に身を隠し日が沈むのを待っていた。



夜になり、月が辺りを照らしたかと思うと、大きな人食い熊の影が伸びてきた。

人食い熊はしばらく鼻をひくつかせながら、若者の匂いを辿るようにすももの木の下に近づき、壺を見つけた。

一口舐めて、体をくねらせ

二口舐めて、体を縮こませ

三口舐めて、壺を片手に踊り出した。

踊りながらも、蜜を舐める手と舌は止まらない。

魔法の蜜に夢中の熊を横目に、若者は真珠を含み今か今かと待っていた。

壺の中身がなくなったその瞬間、若者はすももの木から飛び降りて熊の背中にナイフを突き立てた。



熊が壺を落とし、咆哮する。

その時、若者は自分の失態に気がついた。熊の手にべったりとついた蜜が、月明かりにてらてらと反射していたからだ。



熊は眠らず、若者に襲いかかった。

若者は体を裂かれながらも、倒れることはなく、何度も引き金を引いた。

熊の腹が真っ赤に染まる頃、若者はナイフで熊の手を剥ぎ取り、そのまま唸る口に押し込んだ。

熊は背中から倒れ、起きあがらなかった。



若者は倒した証拠に熊の舌を切り落とし、両目をくり貫くと皮袋に入れて紐で縛った。

そして、愛しい娘の傍に行くために、娘の家の扉を叩いた。

愛しい娘は夜明けと共に扉を開けたが、途端、若者の体が裂かれ、そのまま死んでしまった。

真珠を吐き出すことを忘れてしまったのだ。

娘は若者の亡骸にすがり付き涙を流した。

すると、泣き声に誘われるようにあの老狐が現れた。



どうしたの、娘よ。

若者を生き返らせる方法なら青いダイヤの指輪をくれるなら教えてあげよう。



娘は二つ返事で青いダイヤの指輪を引き抜き、狐に渡した。狐が指輪を嵌めると、光に包まれ美しい女神が現れた。



呪いを解いてくれたお礼に教えてあげよう。

森の奥の湖に金の鎖を投げ入れなさい。



娘は一目散に森の奥の湖まで行くと、首に掛けていた金の鎖を投げ入れた。

沈んでいくのをしばらく見つめていると、玉のように愛らしい子どもたちを連れた女神が、金の鎖を首に飾って現れた。



呪いを解いてくれたお礼にお前の願いを叶えてあげよう。



夜明けと共に体が裂けて、死んでしまった若者を生き返らせる方法を教えて欲しい。



それを聞いた女神は銀の盃を取り出すと、子ども達から一滴ずつ涙を注がせた。



この盃に若者が含んでいる真珠を溶かして飲ませなさい。



娘は礼を言うと、休む間もなく若者のそばへ舞い戻り、若者の口に指を入れて真珠を取り出し盃に溶かし入れた。

若者の喉の奥へ、盃の中身を注ぎ込むと若者の離ればなれになっていた体がひとりでにくっつき合い、若者の目がぱっちりと開いた。



娘は喜び、若者を抱き締めた。

その拍子に皮袋の口が弛み中身が飛び出した。

若者は驚いた。

熊の舌だったものは宝石の飾られた金のナイフに、熊の目玉だったものは、大粒のダイヤに変わっていた。



若者は宝物を手に入れ、娘と結婚した。

後に、金のすももを含めた地主の物は、全て若者の物になり幸せに暮らした。



自由詩 金のすもも Copyright 愛心 2020-05-08 00:58:35
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