光を食べてよ と 囁く螢烏賊(ほたるいか)
船曳秀隆
一
光を食べてよ
と 海に沈んだ
螢烏賊の僕は
云う
螢烏賊が
水を跨ぐ
海底の螢烏賊は
静かに光りはじめる
光が水で 薄暗くなる
それでも
僕の光は
周りの群へと
澄み切っていく
仰ぐと
僕より明るい 近くの螢烏賊
見下ろすと
僕より暗い 遠くの螢烏賊
群から
遠ざかりすぎないように
僕は
螢烏賊たちの光に
眼を開く
螢烏賊たちの光を
追想しながら
光をくぐる
薄い鰭で水を
掻き分けて
細い胴を
ストレッチして
腹から
水を湧き出しながら泳ぐんだ
袋状の体の
十本の腕で
フェイントする
その中の二本の腕で
先端の吸盤を
丸く伸ばす
魚を摘む
腕で
くちを触る
螢烏賊は十本の
脚と一緒に
神から
光を賜った
二
僕は
周りの螢烏賊を
よけて
泳ぐ
近づきすぎないように
ふと
触手を僕に当ててくる何者かが
居た
敵か? と
僕は
思ったが
脚で
水と触手を
蹴り落とした
鰭で
水と触手を
はたきおとした
すると
そいつは珊瑚虫(さんごちゅう)だった
おののいた
螢烏賊は
墨袋から
墨を出し
珊瑚虫に
注いだ
周りの群へと
澄み切っていた光
神から授かった光は
墨の黒さで
見えなくなった
光を食べてよ
と 海に沈んだ
僕は
云い
螢烏賊が
水をくぐる
(船曳秀隆詩集『光を食べてよ と囁(ささや)く螢烏賊(ほたるいか)』より。)
「光を食べてよ と 囁く螢烏賊」初出:2007年12月 朝日カルチャーセンター