傷口が塞がらない
こたきひろし

背後から呼ばれたような気がした
雑踏に立ち止まり振り返ると
それは自分ではなかった

ぜんぜん知らない誰かが
知ってる人間を偶然見かけたらしい
呼び止めて懐かしげに言葉をかけていた

私は何だかがっかりした
心の寂しい隙間を
日の当たらない陰を
足で踏まれたような気持ちになった

言葉では上手く伝わらないかも知れない
心にあるやわらかい部分
体の粘膜に相等するかも知れない所が
ひっかかれたような気がした

思いがけなく
ひりひりと痛み始めた

私だって誰かに不意に名を呼ばれてみたかった
のかもわからない
懐かしい再会を果たしたかった
のかもわからない

それは
亡き人でもかまわない

たとえば認知症の果てに
病死した母親でもいい

癌の闘病空しく
骸骨のように痩せて亡くなった
直ぐ上の姉でもかまわない

早朝未明に脳内出血に見舞われて
今年その命を落としてしまった
二番目の姉でもいい

頑固一徹我が儘放題の末に
死んでいった父親だってかまわない

死んだ者が生き返り
死んだ者が騒ぎ出す

私にも
私の頭にも老化の毒が廻ったか

背後から呼ばれたような気がして雑踏に立ち止まった



自由詩 傷口が塞がらない Copyright こたきひろし 2020-04-19 06:12:36
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