[:waltz
プテラノドン

八月、東武動物公園。
駐車場に着いた時には
花火大会は終わりそうだった
君に浴衣を着させようとした僕のせい
これで終わりかな?
君は歩きながら言った。
「まだ終わらないはずだよ。」
でもそれが最後だった。
ちょっとでも花火を見れたから良かったと君は言った。
僕は君の横顔に参っていた。あるいは、
掌に伝わる体温に見守られているようで
安心しきっていた。
帰り道のレストランで君は酒を飲みたいと言った。
多分それが二度目。
たくさん飲めば良いよ
僕は運転するから酒は我慢するよ
カクテルもたくさんあるし
シャンディガフなんていいんじゃない?
君はシャンディガフを飲みながら
ピクルスを美味しそうに食べた。
味見させてもらったけれど、合わせるにも
美味いとは思えなかった。
でも今になってあのピクルスほど
美味いものはなかったんじゃないかと思う。
一口飲ませてくれよ
スプーン一杯でいいから
君は本当にスプーンで掬って僕に飲ませてくれた。
それで十分だった。
家に着いて玄関に向かう途中、
君は帯がほどけていることに
まるっきり気づかずに芝生の上を歩いた。
結び方がよくわからなかったのよ
僕は酔っ払った君のかわりに
藍色の帯を手繰り寄せて
結び直した。
これじゃお葬式といっしょじゃない?
僕は縛るとかじゃなく包み込んだつもりだった。
世界を
それから、君は風呂上がりに上機嫌で
ラフマニノフを弾いてくれた。
僕はベランダで裸のまんまそれを聞いていた。
君が鍵盤を叩くたびに、
藍色の空が古典的な闇に近づくようだった。
あの夜は特別だった、と別れる前に君は言った。
まったくもってその通り。十年経ったが、
まだまだ僕らは死んじゃいない。

かつて二宮に住んでいた君は、今は
テネシー州で知らない男と一緒に家庭を築いている。
一方で僕は、
君の誕生日を、銀行のカードやパソコンやら
あらゆる暗証番号にかえて遊んでいる。だから楽しいよ
人生は
一年前、病院に担ぎ込まれた時に君は
夢の中で僕を呼んだと言うのを人づてに聞いた。
その頃僕は、
授業中に生徒の前で数年ぶりに夢の中で君と会った話をしていた。
愛とユーモア。見守ることと差し伸べること
信じているのがなんであれ、
そんな風に生きている限り
縁は続く
僕らはあの夜
口笛に合わせてワルツを踊った。
それで十分。





自由詩 [:waltz Copyright プテラノドン 2020-04-16 18:06:08
notebook Home 戻る  過去 未来