空回り
トビラ

今日こそは、花村さんをばっちりエスコートしようと思って、一緒にパスタを食べにきたわけだけど、メニュー選びからつまずいてしまう。

どうしよう。

「私、カルボナーラにするね」
花村さんがそう決めてから、数分。
何を選ぶのが正解なんだろう?
ここは、カルボナーラで合わせるべきなんだろうか?
ペペロンチーノ?
いや、それはない。
さすがにデートで、ペペロンはない、かな。
ないよね?
え?
あるのかな?
とりあえず、今日は外した方が無難だろう。
オーソドックスにナポリタンか?
たしかに、ナポリタンは悪い選択肢ではなさそうだ。
それとも変化をつけて、タラコ?
イカスミは、ないな。
それくらいはわかる。
ないよね?
「決まらない?」
「え? いや、えーと、決めるよ」
やばい。
声がちょっと上ずってしまった。
「結城君の好きなパスタって、何?」
「ミートソース」
「それにしたら?」
「そうだね。そうする」
「じゃあ、シェアしようよ」
シェア?
シェアって、あれ?
一つの料理を複数人で分け合うという。
え?
つまり、花村さんと僕で、一つの料理を分け合うということ?
いや、待てよ。
これから来る皿は二つ。
一つの皿を二人で分け合って、もう一つの皿も二人で分け合う。
つまり、足すと、二つの皿を四人で分け合う。
あれ?
おかしいな、二人余計な人が増えてしまった。
いやいや、その計算はとりあえず横において、今は注文をしな、
「カルボナーラ一つと、ミートソース一つで」
しまったー。
計算に夢中になるあまり、花村さんに注文させてしまった。
「あ、ごめん。注文させちゃって」
「いいよ。気にしないで」

あ、そうだ。
シェアをするのはいいとして、比率はどのくらいが正解なんだ?
まあ、普通に考えたら、半々なのかな?
いや、待てよ。
花村さんは、カルボナーラが好きなんだから、カルボナーラは花村さんが6、僕が4というのは、どうだろう?
ミートソースは花村さんが4、僕が6というのがいいのでは?
あっ、7:3。
7:3も、ありだな。
どうしよう?
結論が出ないうちに、パスタが来てしまう。
「あの、僕が」
とりあえず、立ち上がる。
そんな僕に対して、花村さんは、手際よく取り合わけてくれる。
しかも、カルボナーラは花村さん4、僕6。
ミートソースは、花村さん3、僕が7。
「あれ? もっと食べたら?」
「私は、そんなに食べなくていいから、結城君、いっぱい食べなよ」
女神。
花村さんは、ホントに女神。
その笑顔で、ずっと生きていけます。
「座らない?」
花村さんは優しく促してくれる。
座る。
いや、花村さん、ホント女神。
「結城君って、左利きだったっけ?」
「え?、右利きだけど」
突然、どうしたんだろう?
「フォーク、左手に持ってるから」
え!?
な!?
え!?
ホントだ、うわあ、左手にフォーク持ってる。
何してるんだ。
花村さん、ホント女神とか思ってたら、何という初歩的なミスを。
というか、する?
こんなことってある?
でも、ありえてる現実に震える。
「お、お箸を持つのは右手。お茶碗を持つのが、左手」
「左利きは?」
「お箸を持つのは左手。お茶碗を持つのが、右手。ええと、利き手の話だっけ?」
「冷めないうちに食べようって話」
んー。
「そ、そゔだよね」
カラーン。
え?
ウソ?
ウソ?
フォークを持ち替えようとしたら、落としてしまった。
まだだ、まだおわってない。
ここから汚名返上だ。
スマートにフォークを拾って、何事もなかったようにつなげる。
いや、フォークは交換してもらわないとダメか?
なら、スマートに拾って店員さんのところに持っていって、替えてもらう。
これだ。
「すいませーん、食器落としちゃって、新しいのに替えてもらえますか? あっ、はい、フォークです」
は、花村さん……。
「あ、ありがとう…」
「食べよ」

「お、おいしい! 花村さん、おいしいね」
「おいしいね」
あんまりおいしくて、黙々と完食してしまった。
せっかく、何か話すチャンスだったのに。

食べ終えて花村さんは、静かに言う。
「結城君ってさ、私といると、なにかいつも緊張してるよね。それで、楽しいのかな?って。なんでわたしと付きあってるんだろう?ってたまに思うんだ」
花村さんは僕を真っすぐに見つめる。
え?
なんで?
「なんで?って、花村さんのことが好きだから」
──。
「結城君は、ズルいね」
花村さんはなにかむくれる。
「え? 怒ってる?」
「少し」
しまった、また、なにか間違ってしまった。
愛してるからとか素直に言った方がよかったのかな?
でも、それだと重すぎないか?
「ウソ」
「ウソ?」
「うん、ウソ。怒ってないよ」
そう言って花村さんは微笑む。
よ、よかったー。
「本当に怒ってない? ウソじゃなくて、本当?」
ウソと、本当で、えーと、あれ?
「怒ってるっていうのがウソ。怒ってないっていうのが本当」
あ、よかったー。
花村さんは、どこか満足そう。
「結城君、これからさ、二人でいいこと、しよっか?」
「え? いいこと?」
「うん、いいこと」
「それは、ウソ? ホント?」
「どうなのかな? これから試してみたら?」
そう言って、花村さんは意味ありそうに笑う。

僕は、もうずっと前から戻れなくなってて。
そのことを強く思い出す。


後日談でいうと、いいことは本当にいいことで、すてきなことでした。


散文(批評随筆小説等) 空回り Copyright トビラ 2020-04-14 21:25:10
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