猫二匹
トビラ

「ねえ、笹井君って、ねこ好き?」
「ん? ねこ?」
「うん、ねこ。あの動物のねこ」
「好きだけど。それがどうかしたの?」
「今、飼ってたりする? 」
「ううん。ちょっと前まで飼ってたけど、今は飼ってないよ」
「ふーん、そっかそっか。じゃあさ、放課後、ちょっと付き合ってくれるかな?」
「え? あ、うん。部活終わってからでよかったら」
「何時くらいに終りそう?」
「そうだな、六時半くらいには終ると思う」
「オッケー、じゃあ、私、スタバで待ってるから、そこで待ち合わせでいい?」
「わかった。部活終わったら、すぐに行くよ」
「待ってるからね」
話し終えると、宮園さんは手をひらひらさせて、席に戻っていく。
なんだろう?
告白でもされるのかな?
なんて思うと、ドキドキしてくる。
まあ、それはないだろうけど。
ただ、新学期早々、何かいい予感がする。
春の浮わついた空気が、僕を赤く染める。



部活が終わってスターバックスに向かうと、ガラス越しに、手をひらひらさせて笑う宮園さんがいる。
可愛い。
宮園さんは、手で、そこで待ってるように合図を送ってきたので、少し待つことにする。
春の夕暮れの街並みは、どこかお祭りみたいに華やいでいて、ちょっとわびしい。

自動ドアが開いて、宮園さんが出てくる。
手に何か大きなものを持って。
「来てくれて、ありがとう。はい、これ」
「ええと、これは?」
「バタースコッチ コーヒー ジェリー フラペチーノおいしいよ。私のおすすめ」
「あ、いや、うん。これ、もらっていいの?」
「どうぞ」
宮園さんは満面の笑みで言う。
「いや、もらえないよ。こんな、悪いよ」
そう言うと、宮園さんは、ちょっとさみしそうに。
「あ、ごめん。いらなかった?」
「いや、いらないとかじゃなくて、なんというか、もらっていいのかな?って」
「いらないって言われると、無駄になっちゃうから、もらってほしいな」
「いいの?」
「飲んで。部活で疲れたでしょ?」
「じゃあ、ありがたくいただくね」
クリームを口に入れると、甘くとける。
「おいしい」
「でしょ?」
宮園さんは満足そうに微笑む。
「じゃあ、来てほしいところがあるから、一緒に来てくれる?」
「うん、わかった」
二人で歩く街の道は、いつもと違った匂いがする。

「到着」
公園。
ここの公園は、僕はあまり来たことがなかったな。
「こっちの方に来てくれる?」
そう言われて、公園の端の方に行くと、小さな段ボールがある。
もぞもぞ動いて、何か、かわいらしいみぃーみぃー鳴く声が聞こえる。
あっ、これって。
中を開けると、まだ生まれたばかりだと思う、小さな仔猫が二匹、みぃーみぃー鳴いている。
「宮園さん、この猫って」
「そう、捨て猫。いるんだね。こんな風に捨てちゃう人が」
「もしかして、今日の話って、この猫のこと?」
「うん、そうなんだ。お察しの通り、この子を一匹、引き取ってほしいの」
宮園さんは、僕の顔をのぞきこむ。
これは非常に断りづらい。
このバターなんとかをもらってしまったし。
それに、僕自身が断りたくなくもある。
とはいえ、僕の一存で決められることでもない
「他に引き取ってくれる人はいなかったの?」
「ん? うん。友だちとかにも声かけたんだけど、みんなダメだって、断られちゃって」
「そこで、僕に白羽の矢が立った?」
「うん、そう」
「ちょっと待って、今、家に電話してみる。

「結論から言うと、飼ってもいいって」
宮園さんの顔がぱあっと明るくなる。
「ホントに?、本当?」
「うん、いいって。お母さんも、前のねこがいなくなってからさみしかったから、ちょうどいいって」
「ありがとう。どっちの子にする? 笹井君が選んでいいよ」
白と三毛。
「じゃあ、こっちの白い方にしようかな」
「オッケー、じゃあ、私はこっちの三毛ちゃんね」
宮園さんは、三毛の方を抱き上げる。
三毛は宮園さんの手の中で
、もぞもぞうごうご動いている。
「ねえ、笹井君。白ちゃんの名前、私がつけていい?」
「いいよ」
「ブラン」
「ブラン?」
「そう、ブラン。いいでしょ? 男の子でも、女の子でも大丈夫だと思う」
「いいね。ブラン。よろしく、ブラン」
「じゃあ、笹井君が、この子の名前つけてくれる?」
「僕が?」
「そう、笹井君が」
「うーん、……、サスケ?」
あははは、と宮園さんは笑い出す。
そんなにおかしかったかな?
「え? そんなにおかしかった?」
「いやいや、いいよ。サスケくん。かわいいかわいい」
そう言って、宮園さんは笑う。
「でも、この子。三毛だから、たぶん女の子だよ」
「じゃあ、うーん、ゆりこ?」
プッ、あははは、と宮園さんはさらに笑う。
「ゆりこ? せめて、ゆうりとかじゃない?」
「じゃあ、それで。ゆりこは人間により過ぎてたかな」
「人間により過ぎてた」
そう言って、宮園さんは笑いが止まらない。
あれ? 何がそんなにおかしいんだろう?

宮園さんは段ボールを閉めて。
「引き渡せるようになったら、連絡するから、連絡先交換しない?」
「う、うん」
「ブランちゃんのこと、教えてね。写真とか待ってるから」
「いっぱい送る」
「ありがと」
段ボールを抱えた宮園さんに、暮れかけた夕日が全部映えるような気がする。

駅まで一緒に歩いていく。
駅の前、僕の方に振り返って、言う。
「じゃあ、また明日。学校でね」
「うん、また明日。あ、後、バターなんとか、ありがとう」
「おいしかったでしょ?」
「うん、おいしかった。今度は、僕がごちそうする」
宮園さんは、ちょっとびっくりしたような顔をしたあと、ほころばせて。
「いつにする?」
「後で、また連絡する」
「ん。じゃあ、連絡してね」
両手がふさがっている宮園さんのにかわりに、僕が手をふる。
控えめに。
宮園さんは、笑顔で応えてくれて、改札を通っていく。
僕は、僕の家に帰る。
はにかむようなときめきを抱えて。

後でわかったことなんだけど、三毛の方は珍しいことにオスねこで、無事サスケということになった。


散文(批評随筆小説等) 猫二匹 Copyright トビラ 2020-04-13 20:26:47
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