卒業式
たもつ

 
 
砂漠で椅子を並べている僕の耳元で
佐々木さんがささやく
卒業生たちは丁寧に会釈をしながら
前方から順序良く着席していく
人は生きているとささやきたくなる
だからいつか人は死ぬの
と、佐々木さんがささやく

ささやく佐々木さんの口から
さっき食べたイチゴチョコレートの匂いがする
佐々木さんはイチゴチョコレートが好き
なのではなくイチゴが好き
なのではなくイチゴの香料が好き
イチゴの香料のためなら死んでも構わないはずなのに
ささやいているから
まだ死ねない

さ、さ、ささやく佐々木さん
さ、さ、ささやかれる武田くん(僕、なお仮名)
おさ、おさ、幼馴染の酒井くん

〇ここで武田くん(僕、なお仮名)による酒井くんに関する述懐
 酒井くんについて語ろうとするならば
 僕の幼少期まで遡る必要があります
 これでも僕は良くできた子供でした
 気が利くし
 特に工作などが得意でした
 就学前にはそれなりのものを作り
 何とか賞に応募し
 何とか会長賞をいただきました
 僕が酒井くんについて語れるのはこれくらいです
 それから数十年が過ぎて
 今、僕は砂漠で佐々木さんにささやかれています

どこまでも広がる砂漠の真ん中で
僕はひたすら椅子を並べ続け
佐々木さんはささやき続ける
笹舟でも作りましょう
佐々木さんがささやく
卒業生のために椅子を並べ続けなければならないのに
笹舟を浮かべられる水の類もないのに
生きている人は気まぐれで
どうでもいいことをささやいてしまう

着席した卒業生たちが行儀よく砂に埋もれていく
笹舟を作り終えた佐々木さんの冷たい手が
直射日光で火照った僕の頬に触れる
そこに僕と佐々木さんの境界線は確かにあるけれど
佐々木さんとささやきは既に一体となって
見分けがつかない
このままずっと椅子を並び続けなければいけないのか
という絶望で心が満たされて幸せな気持ちになる
壇上は遥か彼方となり地平線に隠れそうなのに
滑舌よく卒業生代表の答辞を読んでいるのが
酒井くんだとはっきりとわかる
 
 


自由詩 卒業式 Copyright たもつ 2019-12-28 15:39:29
notebook Home 戻る