生きていればこそ
メープルコート


 古びた洋館のベッドの上で私は眠り続けた。
 眠りの中で右腕を伸ばそうともがいていたが動かない。
 記憶の中でトイレに行きたかったのだがそれも出来ない。
 意識が朦朧としていてそれ以外は何も覚えていない。

 ベッドの上から私の目の玉をライトで照らす者がいる。
 一瞬両親の姿が、次に妻子の姿が見えた。
 私は手を必死に伸ばそうとするがそれが出来ない。
 記憶の中でトイレに行きたいと叫ぶと誰かがそのまましろという。

 意識が少しづつ戻ると洋館だと思っていたのは病院だった。
 体をベッドに括り付けられていた。
 右手には点滴が刺さっていた。
 尿道には管が刺さっていた。

 体中から管が出ていた。
 私の妻が私の手を握っていた。
 穏やかな温もりを感じた。
 点滴が血管からずれていたようで私の右腕はパンパンに腫れ上がっていた。

 左手から点滴を打つといって未熟な看護士が左手に何回も針を刺した。
 私は舌がもつれて何も喋れなかった。
 時間の感覚が全くなかった。
 時計は八時を指していたが朝なのか夜なのか、私は誰かを待っていた。

 やがて両親と妻子の顔が現れた。
 夢は見なかった。
 尿道が痛くて仕方なかった。
 精神科医が面談をすると言われた。

 やがて許可が下りたらしく私の体から全てのチューブが外された。
 そのうち昼だからとご飯が出た。
 記憶は薄いが食べれたようだ。
 そのうち知らない三人が私に会いに来た。

 こんな所は早く出たいとあらゆる質問にもつれたままの言葉で話した。
 しばらくして退院の許可が下りたらしい。
 妻と両親が忙しそうに動いていた。
 私は迷惑をかけているのだとその時悟った。

 そういえば私は衝動的に死のうと思っていたのだ。
 公園で倒れていたのを救急搬送されてこの病院に運ばれたらしい。
 半分冷たくなっていたそうだ。

 人生で初めて入院をした。
 皆に迷惑をかけて。
 もう二度とすまいと誓った。
 私は再度生を与えられた。

 生きたいと思った。
 生きていればこその朝日を浴びることができた。
 人生は何事もなかったかのように続いてゆくのだ。
 好きな音楽を聴いて、おいしいご飯を食べて、ゆっくり眠る。

 生きていればこそ。
 いつか心にも晴れ間が出るだろう。
 生きていればこそ。
 


自由詩 生きていればこそ Copyright メープルコート 2019-11-15 01:16:23
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