碧い鴉の赤い十字架
アラガイs
今日も郵便受けによけいなチラシが差し込んであるのだが、あの赤いジャージ姿の少女なんだと思えば許してしまう。
かってに裏庭から入り込んできて、一度文句を言ってやろうと車の座席から飛び出そうとして止めた。
それ以来彼女に出会えるのを待っていたような気もする。高級車を手に入れた11の月の11日だった。
その日出かける寸前に足音がした。
郵便受けにやって来たのはあの少女だった。
はじめて間近に見た少女の骨格は思っより大人で、長めの髪は後ろにしっかりと結び、スラリと背も伸びていた。小さな口元が緩むと赤いジャージ姿もなぜかたるんでみえた。
わたしは思わず(いつもご苦労さまだね)財布から一枚取り出して少女の小さな手に握らせた。
三度拒んでやっと無理やり手の中に押し込めたのだ。「もちろん理由もないお金の授受を拒む人もいた。わたしは何人かは覚えているのだが、」
とうとう諦めて(ありがとう、ありがとうございます。)聴き取りにくい声で一気に顔を染めた。
すぐに恥ずかしそうに何度も会釈して立ち去って行った。
100メートルも過ぎた辺りだろうか、こちらをちらりと振り返ったのか、
その口元からこぼれる笑みが切れて歪んでみえた。
ひょっとして馬鹿にされたのか、
後ろ姿の弱々しさ
歩き去る勢いに、正面から見る姿が違ってみえたのだ。そんな風に。
11の月に11ー11と同じ数字が並んだ車のプレートを見た。
風にチラシが舞う街の四辻を直角に折れる。
よれよれの碧いコートを羽織り、いつものように救護施設に立ち寄った午後、ポケットから小銭を取り出してみた。小銭入れだけで充分だった。
開けっ放しの戸口を入れば、どこかで見覚えのある女性がテキパキと配食のボランティアをしていた。
縁取りのある眼鏡をかけてはいたが、長めの髪を束ねた、あの赤いジャージ姿の少女だった。俯きに何度も見あげ確認した。
きれいに折り目のついた白衣は仕事帰りなのか、どこかの女医か学士なのか、気品も漂う身なりだ。
どうしようか。迷ったあげくにわたしは少女の眼の前で立ち止まっていた。
(やあ、久しぶりだね。驚いたよ。)暗い胸のうちを隠し精一杯の笑みを浮かべて声をかけた。
白い首筋から胸元へ、直角に曲がる十字架。あの赤い少女は大人の女性になっていた。
(え?どなた、ああ、、、確か、ああ、そうか、!
、あのぅ、すみませが、後ろに並んでお待ちくださいますか、、)
わたしはどうやら恥をかいてしまったようだ。無信心者には二度ある恥を、
何事もなかったことにして、ぐるぐると廻る白い天井を見あげる。
仕事にあぶれた人々の影が今日も行き交う街
夕暮れになれば、また鴉が鳴きはじめた。