晩鍾、狂ったように木魂するさなかで
ホロウ・シカエルボク
あとどれだけ生きられるのかなんてまるでわからない、人生の終わりは以前より確かに親しげな笑みを浮かべて、横断歩道のむこうでこちらを眺めている、風は少しずつ冷たさを増し、そのせいでなにかに急かされるような気分がますます酷くなる―ポエジーなんか欠片もない街で生まれた、下層社会の部品みたいに役割を繰り返すだけのやつら…食い過ぎた胃袋の悲鳴を聞きながら夜のベッドに横たわるたび、一日がまた終わったのだとため息ふたつ分の陰鬱さを枕元に落とす―俺が幸せになることは難しい、そのことにはずいぶん若いころから気がついていた、俺は誰とも歩調を合わせたりしないし、天気の話やテレビのニュースについて語ることに興味が無い、スナックのスツールに腰を下ろしてカクテルを飲む時間なんてまったくの無駄だし、愛想笑いなんてしようもんなら顔の神経がおかしくなっちまう―手に入れたいものはひとつだった、知りたいこともひとつだった、追いかけたい影もいつだってたったひとつだった、心臓を握り潰すようなポエジーだけが欲しくて毎晩キャンパスノートを塗り潰していた、ラップトップのキーボードは買って半年でAのキーがグラグラし始めた―まあそれについてはただの不良品かもしれないけれど…人生の意味などいまは知りたいと思わない、運命にも、宿命にも用はない、それを知ったところで何が変わるわけでもない、俺は俺のやりたいことを続けるだけさ、そう、やるべきことじゃない、やりたいことなんだ…肉体はリズムを持っている、それがある限りは書き続けるだろう、そこには規則などない、俺は自分の書くものについてこう考える―それが詩なのかどうかなんてどうだっていい、とね―極端な話、それがまるで詩だとは思えないようなものでも構わない、俺が欲しいのはポエジーだけだから、俺が見せたいものは…もうずいぶんとたくさんの詩を書いた、たったひとりのために書いたものもあるし、インターネットにばら撒いたものまで、さまざま―いくつかの詩は誰かを動かしたし、いくつかの詩は誰にも相手にされなかった、だけど、もしもいまここで命を落としたとしても、数少ない誰かが俺のことを語ってくれる、それだけのものは残した…だけど、俺はもっと書くことが出来る、もっと残すことが出来る、それは昔ほど懸命なことではない、でも昔より速度が増しているし、昔よりも楽しいと感じる、生きている間は書き続けていないと、ひとの言葉は本物にはならない、近頃俺はそんなふうに考えるんだ、それは視覚化された鼓動であり、血液の流れるさまであるからだ、記録されるものは、だから、毎日、毎週、毎月、毎年、その在り方を変えていく、出来る限りのことを記録しなくてはならない、俺は同じものであって同じものではない、つまりそれはとても膨大な時間を必要とする自己紹介みたいなものだ、やあ、と、今夜も俺は見知らぬ誰かに話しかける、俺のポエジーのゲートをくぐってくる誰かに、俺の血のにおいを嗅ぎつけてやってくる誰かに―それは名前や年齢や性別や性癖なんかよりもずっと、俺のことを鮮明に語ってくれる、俺はなにも遠慮する必要はない、思いつく限りのことを並べればいい、そこに誰かがあっと思うようなフレーズが隠れていれば、なお良い…俺は無駄なお喋りをするための言葉を持っていない、こんな場所に書きつけるための言葉しか…それは俺にとっては誇らしいことだ、だって、それはずっと磨かれてきたものなのだから―規制や規則、そういったものとは全く関係のない、混じりものなしの俺の在り方だから…それがなければ俺はとうの昔に、いろいろなバランスを崩していたことだろう、もしかしたらこんな歳になるまで生きては居なかったかもしれないな、父親は頭をおかしくして死んだし、弟は精神病院の一室から出て来られない…だからって俺もそうなるなんて思っちゃいないけどさ、こればっかりは自分でこうだなんて言い切れるものでもないからね―ほんの少し、誰も居ないところで誰かに話しかけられたりするけれど、それぐらいのことさ、姿があるかないかって、それぐらいのことさ…あとどれだけ生きられるかなんてまるでわからない、人生の終わりはある時突然しびれを切らして俺の喉元を掻っ切るかもしれない、もしそんな瞬間がやってきた時には、俺はなにかひとつ人生について気の利いたフレーズを残すことにしよう…あくまで声帯が傷ついて居なければ、のことだけどね…。