通り魔たち 2
春日線香

カーブミラーに映されている神社は
かつても
これからも
一度も存在しない







残された靴を
一室に全て保管してあるという
棚には老若男女の区別なく
薄墨色をした靴が
きれいに両足を揃えて並べられていた







石段の上から
卵が数個、転がってくる
割れる気配はなかった
下まで転がり落ちてすうっと消える
そしてまた上から転がってくる







用水路から伸びる首が
メトロノームのように角度を変え
なるべく日向に向かおうとする
喉のあたりが寒いのだろう







ある山際の一角には
鬼の生臭い息が流れてくるので
水などは腐りやすい
ただし柿はひどく甘いのだという







高台の緑地公園
古びたコートを着て
妙に両腕の長いそれは
水道の蛇口にぴったりと口をつけ
朝から晩まで吸い続ける







石垣の隙間に生きる
無数のかたつむりたち
地震があると
ぽろぽろとこぼれ落ち
足の踏み場もないほどだ







鎧姿の武者が佇み
行き交う人を睨めつける
ただそれは
駅の改札の真上から
逆さにぶら下がってのこと







無人の電車の床に
瓶が一個転がっていた
小鬼が封じられ
長い時間揺すられたのだろう
中でぐちゃぐちゃに潰れている







肉色のなめくじが壁面に蠢き
太陽を避けて移動する
それでアパート全体が
麝香の匂いを漂わせる







どこにも上り口がないのに
八階建ての屋上に設置されたジャングルジム
その骨組みの中を
青い魚影が行き来する







走る霊柩車の屋根に
それは立っているのだが
不思議と着衣は乱れず
口に蛇を咥えて垂らしており
非常に満足げだ







もう顧みられることのない
小さな劇場の地底に
いまだに腐敗の途にある
巨大な骸骨が直立している







羽の目玉が瞬きする蛾が
一斉に飛び立ち
あとから
ピアスがついた耳が追いかけていく







雲の中から透明な腕が伸びてきて
何をするわけでもなく
そこに垂れ下がり
指先から腐っていくばかり







博物館の敷地から出たという
二体の子供の人骨が
並べて展示されている
ともに顎がないが







強い風に煽られ
ばたばたと身悶えする
鉄塔に引っかかった凧は
両面が闇黒
血色の目だけがぎらつく







人間だったが
もう人間ではなくなった
鳥に近いようである
喉の奥から
波音に似た呻きを漏らす







新聞紙で汚物を拭いた跡があり
廊下の隅に寄せられていた
窓の向こうで
向日葵の死骸が列をなす
海のほうまで







自分の首を手に下げて
歩いてくる人もいた
橋の上を吹く風は強い
鳥は羽をたたんで
光る川面を見極めていた











自由詩 通り魔たち 2 Copyright 春日線香 2019-10-24 17:29:14
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