頭のいい子が幸せになるのは難しい
ホロウ・シカエルボク
四番街の真っ赤なシトロエンの中の焼死体は一七歳の娘だった、その車がいつからそこに止められていたのかということについては誰もはっきりと思い出すことは出来なかった、そこは居住区の端っこにある不便な地区で、家はあれど住人など居なかった、遺体はきちんとした工程で焼かれたものではなく、お粗末なシェフの居るレストランで出てくるステーキみたいな有様だった、まあ、そのおかげで彼女が誰かを知ることが出来たのだから良しとするべきなのかもしれない、身元不明の黒焦げの焼死体など哀れ過ぎて目も当てられない…身元がわかってもそれ以上のことはなにもわからなかった、天涯孤独の身のようで、両親は事故で死別していて、親戚や友達の存在、プライベートなどはどんなに探っても明らかにならなかった、名前はドロシーといった―家は見すぼらしい一軒家で、窓と鍵がきちんとしている廃墟といって差し支えないものだった、刑事はその家の前の狭い庭に駐車されている真っ赤なシトロエンを想像して首を横に振った、騙し絵を見せられてるような気分だったことだろう…私もそうだった―彼女はあのシトロエンを自分で買ったのだ、両親が死んだときに入ってきた金、それから父親と母親がそれぞれ隠していたへそくりに、何年も働いて貯めた金を足して…真っ赤なシトロエンは彼女の夢だった、たったひとつの夢だった―給料日のたびに彼女は嬉しそうにそのことを話した、その話はいつも、誰にも言わないでくれ、という言葉で終わるのだった、夢のことも、仕事のことも、という意味だ、彼女は自分のことを誰にも知られたくなかった、いまとなってはそれがなぜなのかわかることはない…両親が死んだとき彼女は十歳だった、もっとも、両親はあまり家に居なかったし、居てもあまり彼女に構うことはなかったから、彼女もあまり彼らをあてにせず、必要最小限の生活は自分で回すことが出来た、だから、両親が居なくなってもそれほど不便なことはなかった、ただ彼らが永遠に帰ってこなくなっただけだった、そしてそれは彼女の生活にとってどちらかと言えばプラスだった、ドロシーは背が高かったからすぐに自分で仕事を探して働き始めた、もちろん年齢は偽っていたけれどそのへんは事情が事情だから考慮してもらえた、人前に出ない、ある店の倉庫の整理の仕事だった、仕事自体は簡単なことだったから、幼い彼女にもきちんとこなすことが出来た、いや、そこらへんの大人よりも彼女の仕事はよほどちゃんとしていた、そうして働きながら彼女は、生活のために必要なこと―ライフラインの支払いとか、そういうことをひとつひとつ学んでいった、ドロシーはとても賢い子だった、一度教えたことはきちんとこなすことが出来たし、場合によってはよりよい状態になるようにアレンジが加えられていた、すべてにおいてそうだった、仕事にしても、生活にしても―セックスについても―私は彼女と過ごした長い時間の中で、彼女のことを賢過ぎて気持ちが悪いと思ったことが何度かあった、それはきっと彼女にも伝わっていたのだろう、時々とても変な顔をしてわたしを見るわね、と私に言ったことがあった、そして彼女はそういうたびに言動を少しずつ控え目にするのだった…頭のいい子が幸せになるのは難しい、頭の悪い人間が考えていることまですべて見えてしまうから―私のこともそうだった、初めはきっと、頭のどこかで描いていた理想的な父親像を見るような熱烈な憧れでもって私を見つめていただろう、賢い子だってひとつやふたつ致命的な間違いをすることはあるのだ―私にだってそのことはわかっていた、彼女がいつか私を見限るだろうことは…いつかあの真っ赤なシトロエンで、私をここに置き去りにしてどこか、本当に居心地のいい場所を求めて走り去ってしまうだろうことは―私がそんな思いにとらわれるようになってすぐ、彼女は仕事を辞めたいと言った、お金がある程度溜まったので都会に出ていろいろなことを知りたいのだと…それは同時に私との関係もここでお終いにしたいと言っているのだった―彼女は少し怯えていたように思う、私が怯えさせてしまったのかもしれない―自分が何と答えたのか私には思い出せない、嘘をつくな、嘘をつくなと、頭の中ではそればかりが繰り返されていた、私はドロシーを愛していた、彼女が自分のもとを去ってしまうなんて信じたくなかった、私は、だから…