僕は彼女の手を握っていた
la_feminite_nue(死に巫女)
彼女は水色の服ばかりを着ていた。
キャンバスには、青と白の水彩画。
それは何? って聞いたら、
「空」って。
他には何か描かないの? って聞いたら、
「いいえ」って。
低血圧で低血糖。
だから、
彼女は夏でも水色のカーディガンを着ていた。
暑くないのって聞いたら、
「いいえ」って。
僕は彼女の体を知っていたけれど、
彼女が僕を愛したとは思えない。
ずっと、
彼女は僕に弾かれるままに弾かれていた。
僕はまるでピアノを前にしているようだった。
キャンバスには青と白の水彩画。
それは彼女の心のようだった。
そうしていつか、彼女が溶けてしまわないかと……
彼女が僕のものになった時、
いいや、違う、
僕が彼女のものになった時、
僕は寂寥と悲哀を抱きしめているような気になった。
そして、死に近い何かに触れているように。
彼女はいつか彼女ではなくなってしまいそうに思えた。
いつでも水色の服を着ていた。
空を見上げると、
「わたしね、いつかあの雲に乗りたいんだ」って、言っていた。
そう。彼女ならそう出来るのかもしれないと、
僕は思っていた。
キャンバスには、青と白の水彩画。何枚もの。
彼女の部屋にはそれだけが残された。
僕にとっては、その他のすべてが見知らないもののようだった。
彼女が彼女ではなくなっていくのを、
僕はずっと見守っていた。
いつか二人で歩いた道を辿りながら、
ずっと、ずっと、彼女の手を握って。
彼女が彼女でなくなるのを、僕はずっと見ていた。
「わたしね、あの雲に乗れると思うんだ」
今なら……と彼女は言った。
僕は彼女の手を握っていた。
そうして、彼女が消え去ってしまうまで。
そうして、彼女が、この世界からなくなってしまうまで。
彼女が、ただ一つの楽器になってしまうまで。
彼女が、忘れられた思い出だけの存在となってしまうまで。
僕は……彼女の手を握っていた。