夕焼けのポケットさん~コメットさん
AB(なかほど)

  

夕焼けのポケットさん

まだ公園も整備されてなくて
材木置き場で資材主の目を盗んで遊んでた頃
もうお家へ帰ろうかという時間に
畑から帰る吉じいは子供達を集め
動物の真似をさせては
これは猿の薬、これは犬の薬、これは猫の薬と
ズボンの右のふくらんだポケットから
アメリカ色のミルクキャンディーをくれた
そういえば左のポケットもふくらんでいたけれど
僕らは右のポケットしか見ていなかった
それから
吉じいの引く水牛の姿もなくなって
街の予備校へ通ったり
基地の中や夜の街や内地で働いたり
それでもたぶんみんな
吉じいのくれたミルクキャンディーを忘れてないよ
僕らは僕らなりに
左右のポケットにいろんな物を押し込みながら
夕べ
いつまでもアメリカ色のキャンディー
だとばかり思っていた左のポケットから
バイオレットが出てきたよ
吉じいの好きだった煙草だ
親父達は何かに憧れてアメリカ煙草を吸ってたけど
吉じいはいつも
僕らの動物の真似を見ながらこれを吸っていたんだ
美味かったのか?
こんなにも舌がしびれそうなものが
僕は
内地煙草に慣れてしまったから
とても飲めない
けど そのまま
そのまま 左のポケットに押し込む
と 
そこから夕焼けが




夕焼けのカレットさん

石鹸のにおい
休み時間の度に手を洗っていた娘がいた
両手で水をすくい
端からこぼれ落ちるところから飲んでいく
こんなふうに
僕の書く文章なんて
いつも隙間だらけの言葉足らずで
伝えたい人には伝わらず
愛している人達には気づかれもしないように
それでも
その足りないとこから
夕焼けの空のドアが開いている
と思うんだ
初めから満たされている物を欲しがり
リライアビリティーなんて言葉が
信頼の本当の意味も知らず流行る世の中でも
僕の言葉には隙間
あれ

放課後
あの娘のエクボ
照らされ透ける後ろ髪
水飲み場の石鹸のにおい
名前も帰り道も
途中までしか知らなかった
あの空の色が
やがてにじんで来るように
ひとつずつでも
足してゆければと思うんだ
ほら
夕焼けのカレットさん
まだここんとこにも隙間が




夕焼けのソネットさん

ひとつの恋やひとつの季節や
その移り変わりのたびに
ひとつのうたをうたう
あなたのうたは
あなたの心を解放してくれますか
それとも
縛り付けられたままですか

その合間でゆらゆらと ゆらと

遠くの誰かのこころも
ゆらすことができれば
それだけで
明日のうたもうたえるのでしょう



このわたしのうたにも
横向きのカレットをひとつ
あなたの声で
夕焼けの色を差しこんでください




夕焼けのロケットさん

穏やかな顔を探しに
小春日和の古い児童科学館へ
ふうせんヒコーキを作ってみようか
と言ったのが聞こえたのか
エプロンを着た還暦過ぎのボランティアは
当店では
ふんわりロケット
と申します
とやんわり話し掛けてきて
材料の濡れ傘用の細長いPE袋と
先端や翼用の色画用紙を渡してくれた
僕が子供の頃から
ここのプラネタリウムの寝心地は格別で
夢の中では
銀河の向こうまで行けるんだよ
身体の半分が魚のままで
子犬の飼い主を探す旅に出かけたり
キツネ座も追いこして
やがて40分の夜が明けて
おはようって言ってみるのがいい
眠りにきたの?
と訊きながら息子は
夕映えの犀川の堤から
ふんわりロケットを発射する
それはあまりにもゆっくりと静か
なのだけれど




夕焼けのコメットさん

すぐにテレビ番組の真似をしていた僕らには
ほんとに魔法が使えたのだろうさ
まさみちゃんは七色のクロトンの枝を折って
くるり くるり と回して
スペシウム光線をかわし
ついでに みんなの心をかきみだして
授業がつまらない
部活がつまらない
夏休みの宿題がつまらない
ほんとの夢がその先にあったことは
気づいていたのか気づかなかったのか
もう一度
七色のクロトンの枝を回すには
掛け算も分数の足し算も必要なんだってさ
仕事がつまらない
会社がつまらない
ほんとの家庭ってこんなもんじゃない
いつから僕は
まさみちゃんのこと忘れてしまったのだろうか
いや忘れてなんかいないのさ
宿題はまだ終わっていない
分数の足し算のところから
いつのまにか
源泉徴収の計算をしながらでも
介護保険の算段をしながらでも
クロトンの枝がガサっと鳴る音が
心臓の側で
いまさら
心臓の側で
願いごとなんてあるわけじゃないのだけれど
もう一度 
あの頃のようにこたえてくれないかい
夕焼けのコメットさん
日暮れが近いよ




   


自由詩 夕焼けのポケットさん~コメットさん Copyright AB(なかほど) 2019-10-08 17:58:41
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