メモ
はるな



わたしのむすめのすごいところのひとつは、ドーナツの穴を食べられるんです。
あるときわたしがおやつのドーナツをかじりながら、「いつだってこの穴が消えちゃうのがせつないよね。」と言ったら彼女は「え?そんなのたべられるよほらこーやって、ね、こうだよ?」と、その場でぱくっと穴を食べました。あんまり鮮やかなその一連に、わたしのドーナツのチョコレートがべったりとけてしまったよね。
文字をおぼえた子どもがみなそうであるように、むすめもあらゆる本を、開きはじめた。
あらゆる物語、あらゆる事実の記録が、ここでは50の音の組み合わせでできています。
言葉の喜びの扉をくぐってしまったむすめ。まだ壁のない世界がわたしにはうらやましい。その世界でできるだけたくさんの言葉を作って欲しい、けれども、作るほどに失われる世界は確実にあるのだ。いままさにその境目をあるく5歳。言葉の自由さと不自由さはほかに比べられるものがない。ほんとにないのだ。言葉はいつも敵ではなかった。
「ままみて、これってかみさま?かみさまでしょ?」と指す先にカーテンのタッセル、バラバラになったあいうえおの一文字スタンプの並びをみて「かみさまことばになっちゃったなあ、れ、ぬよ、はやむしあく、ね、わ」。
むすめにもかみさまがついている。わたしのとはちがう、なにからなにまできっとちがうかみさまがいて、世界があること、せつなく懐かしい。かつてわたしも5歳で、無謀で、臆病だった。低いところから世界がすごーくひろくみえてて、今よりも近く思ってた。切りそろえた前髪、ふと思えば、母と同じやり方でむすめにそうしているわたし。


散文(批評随筆小説等) メモ Copyright はるな 2019-10-01 12:25:15
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