嘲笑的な薄闇の中で強制的に見開かれた目を
ホロウ・シカエルボク


神経のからくりは解かれたのか、夜は沈殿する記憶のように膨大で心許ない、砂地に潜む蛇のように寝床に伏せて、閉じない瞼が見せる退屈な夢を見る、ハードロックと雨の音、時計を気にしなければ時間は自由軸だ、円環を歩き続けるような毎日、水晶体は日常のすべてに飽きている、首に出来た奇妙なデキモノが揶揄うような痛みを時折、トライアングルの乱打みたいに打ち鳴らす、明かりはすべて消えて、路面電車の仕事ももう終わるころ、安普請の窓から忍び込む湿気だけが、外界をそれとなく教えてくれている、砂男は俺の番を飛ばし、といって起き出す気もない、バグのような時の中で、性急な化石みたいな気分でとりあえず生きている、鎖骨の下あたりに奇妙な痺れがある、耐えられないほどではないがなにか煩わしい、人生なんてそんな堆積の繰り返しさ、捨て鉢な冗談は虚無の薄闇で迷子になる、見知らぬ番号から電話がかかってきたのは午後の早い時間だった、それは二度鳴らされたが応答する気にはなれなかった、ただの間違いなのか、それともすでに途切れてしまったどこかへのアクセスなのか、あるいはいたずらか―いずれにしても関わりたいとは思わなかった、素知らぬ顔ですれ違うことばかり、俺はそれを誇らしいと感じて生きてきた、無駄な枝葉はどこかで摘まれるだけさ、必要でない通路には分かり易く看板を立てておくか路面を崩落させたままにしておけばいい、連中はそうしたものでしか判断しないから―寝返りを何度か打つと、時々今居る場所がわからなくなる、気まぐれな旅行者のようにきょろきょろして見覚えのあるものを探すのだ、マップアプリの矢印を探すみたいにね…OK、俺は南に枕を置いて、北に向いて寝ている、現実が落ち着けば考え事に耽るだけだ…暗がりで考え事をするべきじゃない、と昔とある本で読んだことがある、なるほどと思うやつも居るのだろうが俺にはそれがどういうことなのかわからない、明かりのあるなしに左右される程度の考え事なら考えるほどのことではない、いいかい、時間、場所、天候、そんなものは本当の思考になんら影響を及ぼしはしない、なんのために考えるのか?それはほんの少し自分を先へ連れて行こうという欲望のためのはずだ、わかるだろう、それはいかなる条件下でも自ずと結論に向かって突き進んでいくべきもののはずだ―昔から、子供のころから、朧げに決めていることがあった、誰かの旗のもとには集まらない、誰かが用意した道の上をそのまま歩くような真似だけはしないと…それはより思考を必要とする道だ、あてがわれるものは変化しない、あてがわれる方がそちらへ形を合わせていく、そうしてその形が適当な場所にしか行けなくなる、思考はそうした間違いを起こさないように様々な現象に対していくつもの答えを持とうとする、それは一見すればどっちつかずの、曖昧なだけのものかもしれない、だけど逆に言えば、この世の出来事などすべてただ起こっているだけのものなのだ、それがどういったものなのか決めたいやつが、あれこれともっともらしい意見を並べ立てているだけのことだ―そんなことをしてなんの意味がある?ひとつの式だけを選べば、あとの式は目に入らなくなる、結論なんてものはこの世には在り得ない、断定に頼るのはそいつが間抜けだからさ―夜は薄布をだんだんと重ねるように深くなる、表通りを行く人も車も途切れがちになり始めた、明日から天気は崩れるとウェザーニュースは告げている、雨粒は見つめ続ける夜に、見つめ続ける闇に、いくつもの銃創を開けていく、水のイメージ―夜が血を流しているようだ、俺は血にこだわり過ぎる、おそらくはそれを見つめようとしているからに違いない、詩を書いていると鎖骨の痺れは少し酷くなる、ジャマをするな、くたばるまでに出来る限りのことはすると決めたんだ、人生は自分の誇りのためにある、自分に噛みつけば詩人で他人に噛みつけば野良犬さ、誰かの虚栄心を鼻で笑いながら、俺は俺だけに伝わる言葉を、俺だけに伝わる文脈を探して内的世界へ潜り込む、そこで見つけたもののことは誰にも語ることは出来ないだろう、でもさ―言葉がただ意味のために連ねられるものであるのなら、少々味気ないんじゃないかって、俺、思うのさ…じめついたシャツが身体にへばりつく、忌々しいけどいつまでも我慢しなくちゃいけないようなものでもない、水を一杯飲んで、少しでも気分を変えてからもう一度横になるべきだ…三倍速で流れるフェリーニの映画みたいな夢を見るために。




自由詩 嘲笑的な薄闇の中で強制的に見開かれた目を Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-09-26 22:29:24
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