肉うどん
北村 守通

 その人は
 肉うどんだった
 
 いつも
 
 どんなに
 美しい
 品々が
 お品書きを
 彩っていたとしても
 頑なに
 力こぶよりも
 頑なに
 
 磨き忘れられていた
 眼球が
 輝きを取り戻し
 おそらくは
 少年時代の
 輝きを取り戻し
 映し出そうとしていたのは
 どこの
 道
 どこの
 屋根
 どこの
 誰それ
 だったのか

 その人が
 アイスクリームを食べたいと
 つぶやいたのだった
 ぽつんと
 つぶやいたのだった
 私が発つ前の日
 私が訪れた最期の日
 力こぶが小さくなっていた日
 医師に止められていた
 それを
 私は買ってやることができなかった
 
   と記憶している
 
 さびしそうな顔して
 どこか遠くを見つめていた
 
   と記憶している
 
   と記憶している
   と記憶している
   と記憶している

     だけであって
     確かめる術はない

 その人は
 結局
 アイスクリームは食べれなかった
 
 筈だ
 
 食べられないまま
 送り出された
 
 筈だ

 私は
 もう
 彼に聞くことはできなくなった
 彼が
 どうして
 頑ななまでに肉うどんだったのか
 ついに
 聞くことはできなかった

 いつしか
 私も
 肉うどんだった
 ぼやけていく
 父の輪郭を
 懐から取り出して
 忘れた頃に
 忘れないように
 肉うどんで
 なぞっているのだった


自由詩 肉うどん Copyright 北村 守通 2019-09-10 10:11:28
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