ミルクより白いものも、ユリよりも白いものも僕は知らない
竜門勇気
無限に訪れる
心配事の種は
球根と違って
どんな場所にも入り込んで
ある日姿をあらわす
ある日
散歩の途中で
出会った庭には
テッポウユリが咲いていた
その数は
非現実的なほどで
この夏の盛りに
春の雪が
残っているのかと
思ったほどだった
ある日
散歩の途中で
出会った人が
その庭の人だった
なにせ、私ももう年だから
庭の手入れも全部はできなくて。
でも、なくなった主人が
すきだった白い百合は切らずにおいてあるの。
また違う日
僕はくたびれはて、自信を失い
そしてくたびれはてていた
それでもなんだか
季節が世界をどう変えたか
世界が季節をどう迎えたか
知りたくて散歩にでかけた
御婦人は少し生き生きと
少し悲しそうに言った
猫がね、一匹
庭で座っていたの
私、いつもはしないんだけど
少しだけミルクをお皿に入れて
そのこの前に差し出したの
そしたらね、飲んだのよ
そうですかと言って
僕は二言ほど季節の話をした
そして背中を向けた
それからも僕は
くたびれはてていた
部屋に戻ると世界は閉じた
それが心地よかったし
それは癒やしだと信じてもいた
しばらく経ってそれにようやく飽きた頃
また散歩にでかけた
足取りは軽かった
ユリの咲く庭を通りかかった
御婦人は僕に秘密を打ち明けた
あの猫ね、死んだのよ
僕は野良猫の死に興味はなかった
だけど話を聞いた
初めてあった日、ミルクを飲んで行ってしまったの。
それから毎日、朝の水やりのときには玄関の前にいるようになったわ。
そして一週間ほど経った頃玄関の前で私が支度していると声が聞こえた。
私を呼んでいるとすぐに分かったわ。
でも、少しづつあのこは弱っていったの。
あなたにあのこの話をしてからもう一年以上立つわね。
この一年は本当に幸せだったの。
あの人が好きだったユリが咲く庭で優しい猫のなく声を聞いて。
先週、冷たくなった猫を初めて抱いたの。私は。
男の子だった。知らなかった。ずっと触れさせてくれなかったから。
もしか、うちのこになってくれればよかったのに。
あのこもユリが好きだったのかしらね。
ここにはそれしかないから。
庭にはユリが盛夏の名残のようにいくつか俯いていた
きっと、あなたが好きだったんですよと
僕は言った
彼女にもう、これ以上残酷な出来事は必要ない
ミルクより白いものも、ユリよりも白いものも僕は知らない