世にも不思議じゃない出来事
こたきひろし

当事
彼は三十代の半ばで独身だった。アパートで単独生活をしていて、恋人も同性の友達もいなかった。
職場まではバスで通勤していて、毎日が単調な日々の繰返しだった。
実家にほとんど帰る事がないのは、年中無休の飲食店で働いていて、盆休みも正月休みもなかったからだ。
そんな彼の休みは週に一度、土日以外の平日だった。
休日はほとんどが朝から部屋で寝ていて、昼頃コンビニまで歩いて弁当を買って空腹を満たし、夕方、近くのスーパーで生活用品を買ったりするくらいだ。
そんな休日の午前九時頃だった。部屋のドアがノックされた。あわてて寝床から起き上がり、服を着てドアを開けると、そこに立っていたのは隣の部屋の住人だった。
五十代位の女の人だった。
「お休み中の所すみませんが、お伺いしたい事あるんですがよろしいでしょうか?」
と訊いてきた。
「はい、なんですか?」
彼は何事かと怪訝な顔つきで返事した。
すると相手は思いがけない言葉を言ってきた。
「実は私の娘の洗濯して干してあった下着がなくなっていまして、もしかしたら心当たりお持ちではないかと思いまして?」
「はい?、どういう意味でしょうか?」
彼は驚きと同時に憤りを俄に感じた。
「もしかして、俺が盗んだとでも言いたいんですか!?」

隣の部屋は母親と若い娘の二人で暮らしていた。
彼はその二人と付き合いはなかった。とは言え、三十代半ばで独身の彼には興味津々の存在だった事はたしかだ。変な妄想をして悶々としてしまう事は一度や二度ばかりではない。
だからといって、下着を盗んだりはしないし、そんな犯罪をおかす勇気はなかった。
母親は言った。
「いえ盗んだなんては言ってませんけど、心当たりはないですか?と聞いたんですが」
その言葉に彼は断言した。
「俺は泥棒なんてしていません、娘さんのパンツなんて知りませんよ。第一、俺は中身にしか興味ないんです。それを包む布なんて欲しくないんだ!」
すると、母親は言った。
「失礼ですけど、貴方には中身は一生無理なんじゃないですか。」
言って続けた。
中身が手に入らないからこそ、包み紙が欲しかったんじゃないんですか?

そしてつい魔が差したんじゃないですか?

「何も言ってるんてすか!そちらの勝手な憶測で俺を下着泥棒にしないで欲しい。」
俺は強く反論した。「何の証拠もなしに人を犯人扱いするなんて、出るところに出て訴えますよ」
すると母親は怯む事なく動ずる様子もなく落ち着いた声で言った。
「私は貴方がうちの洗濯物を何度も盗み見てるのを知ってるんですよ。イヤらしいそうな目で。それが何よりの証拠じゃないですか?」

「冗談じゃないです。俺は故意に見たんじゃない。自然に視界に入ってしまったんです。不可抗力じゃないですか?」
彼は続けて言った。
「普通、あんなものは人目につかないように部屋の中で干すものでしょう。それをまるで見せびらかすように大胆に干すなんて許される事じゃない。それも俺の手が届くところに。そっちこそ問題じゃないですか」
彼の言葉に母親は答えた。
「ごめんなさい。こちらにも落ち度があったかもしれませんね。独身の男の人の目の届くところに若い娘の
下着を干してしまったんですからね。でもね、私は事を荒立てるつもりも貴方を責めるつもりもないんですよ。ただ無くなった下着は娘のお気に入りで、どうしても取り戻したいらしいんてすよ。なんか勝負下着とかで。
その言葉に彼は言った

やめて下さいよそんな話、余計に俺が混乱するだけだから?


自由詩 世にも不思議じゃない出来事 Copyright こたきひろし 2019-08-27 23:36:16
notebook Home 戻る