虎と稲妻と向日葵
末下りょう
英雄とは母から強く愛された者のことだ ─ ゲーテ
虎の匂いしかない
泳げないきょだいなきょうだいがきょうだいな海に飛び込んだ夏
裸足で夏草の深い抜け道を抜け
踏み板が腐って外れた踏切を越えて
トマトの匂いがする太陽をもぎ取った
虎の匂いしかない弟
薄い血を流す夕立を連れて歩き
翼の折れた三角地帯に突入するジェット機が
地平線を一直線にバラバラ壊しながら飛び去り
赤い雨雲が乱れ 雑草まみれのアスファルトを
犬殺しが歩き回り
羽蟻が舞う
七つの夏
虫取り網が容赦なく稲妻をかっさらい
密生した向日葵と同化するようにヒマワリ畑に分け入り
ちんちんを揺らしてジグザグに放尿した
虎の匂いしかない弟
目に映るものをたった一人で見ることに耐えられるやつだけが夏を生き抜けた
泳げないからこそほんとうの海に飛び込めたそのスプラッシュは
なによりも五月蝿く七つの海に轟き
照らす場所のない太陽は眩しい虎になって琥珀の海にきえた