ロストボーイ
末下りょう

結局、遅かれ早かれ、人は影を出しっぱなしにしておくことも、見逃すこともできないわ ─ウェンディ─


夏のピーナツ バターを冬眠する舌で舐めれば法外な朝はしめやかにはじまり華やかな金曜日に鮮やかに恋に落ちたなら賑やかな土曜日に密やかに失恋できた
焼きたてのアップルパイの甘酸っぱい匂いが屋根のひん曲がった家に充満する日曜日に舌の記憶は月曜日を待たずにすべての仲間たちの語りになる
走り回るロストボーイ走り叫ぶロストボーイ走り笑うロストボーイ

スカンクの妹が夏のミッションリストのために自分を笑えずにただ人を笑えるだけのぼくを移動遊園地に誘ってすきっ歯で愛想よくほっぺにキスしてきた
ぼくはでもリスベットみたいなレディーをいつも夢見てる
ピアスと肌とタトゥが同時に生まれてきたスキニーパンクスをティッパー ゴアのステッカーをファックするようなビーナスを
でもスカンクの妹はキッチュな学級委員みたいなソバカス娘だった
覚えたてのぬるい悪戯を試したいばかりの彼女が手にした純白のアイスクリームを白い息で粉々に壊したのはロックホッパーペンギンだった
走り回るロストボーイ走り叫ぶロストボーイ走り笑うロストボーイ

港町に停泊した海賊船は冬の海鳥たちの糞にまみれてた
ぼくらはカッコつけて希望より絶望こそぼくらに相応しいと言い立てて
無茶な遊びを愛して人生を台無しにするために人生を大切にしたくて
なにもない手をはやく汚したくて朝靄のなかの海賊船に火をつけた
燃えれば燃えるほど現れはじめるものがあった
メインランドのしきたりを信じてトロッコ遊びやバク宙を裏切ったやつらは苦労して暗記したものをはじめて語ったとき力を弱めた
今日勝つために弟たちを恐喝したやつらは山高帽の大人といなくなった
走り回るロストボーイ走り叫ぶロストボーイ走り笑うロストボーイ

スカルロックの猛者たちは夢のなかの夢で醒める夢をみる
眠っているときにだけネバーランドを失なうぼくらは眠りのなかで眠りが見捨てられながら戦うすべをなくしていった
ゴージャスな人魚たちは水性の黄金比を油性の風のなかにほどき歌を忘れて人間と恋に落ち
首吊り人の木は冬の陽射しの激しい影に倒されて栗鼠の巣になり
インディアンたちは羽根冠とフェイスペイントを輝かせて昨日の突き当たりみたいな夕暮れに気高く立ってた
ひどく痩せたカーペンターはすべての木材を腐らせてキャプテン フックは鉄の義手で有限のつめたいオナニーに耽り
ティンカーベルが蓋のあいたピーナツ バターを舐めにくるころ靴に縫い付けた影がとれそうなピーターは階段の上の大人たちのひそひそ話を聞きつけて凶暴なワニは水を濁らせながら沼底にみえなくなった
ロストボーイの足音ロストボーイの足音ロストボーイの足音

夜の窓の隙間からのびてくる細長い脚がまだ純粋な朝の裾を爪先で踏んづけて捕まえてる
微かに揺れるカーテンの端にきらめく緑の目尻がなにもかも忘れたことを忘れたことすら忘れずに


自由詩 ロストボーイ Copyright 末下りょう 2019-07-13 21:13:14
notebook Home