息子への手紙
服部 剛

時は昭和三十三年のプロ野球
日本シリーズ
巨人に三連敗で
絶体絶命の西鉄ライオンズ
エース稲尾和久は残りの四試合全てに登板
チームを逆転優勝に導き
翌日の新聞には
「神様・仏様・稲尾様」
の見出しが躍った

やがてユニホームを脱ぎ
六十歳を過ぎた稲尾氏は
テレビの中で語った

――なぜ失敗したかより
  なぜあの時うまくいったか、です 

    *

昭和四十九年生まれのパパは
ピッチャー稲尾の勇姿を知らない

パパは今日、特別支援学校の
保護者会に行った
若い先生は言った
「小さな反応を見逃さないことです」
だから
今夜パパは胡坐あぐらの中に君を坐らせ
絵本を開き
とびっきりのお話を読もう


ベテランの先生が言った
「おそうじがよくできたお子さんに
 がんばりましたカードをあげています」
だから
パパはまだ言葉を知らない七才の君が
カードをもらう日を、夢に見ている 


保護者会の前の昼飯を食べた
焼肉屋でつい麦酒を飲みすぎて
身を縮めて教室に入った
しょうもないパパである
でもな
君は世界にたった一人の息子だから
小さなからだに秘められた
君の中の小さな芽が
やがて空へ緑の葉を広げるように

パパの胡坐の中に
ちょこんと坐る君が 
絵本の物語を最後まで 
聞けたら 
手のひらで
君の頭をなでよう 

パパは
君がすやすや寝息をたてる頃
自分の生きる道をみつめ
今から六十年前
エース稲尾の投げたボールに
バットが空を切る瞬間を
夢に見る  






自由詩 息子への手紙 Copyright 服部 剛 2019-07-13 00:02:02
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